世の中は無常である、このことはよく聞かれるが、具体的に何かというと正直自信がない。しかし、感覚的なものとして「無常」というものには共感ができていると思う。ここで、私はこの空虚な世界を生き抜くための智慧を求め、本書を読了した。
私は、私が無常を理解し、それを実践していくための10のポイントを探すため本書を読了した。
1つ目は、「人間は、「自分が思うもの」を絶対に譲らない」というものだ。
ここでは、「誰もが自分の考えは正しいと思っているということを憶えておくようにすべき」と説く。
2つ目は、「無常は「観察」によってわかるもの」というものだ。
ここでは、日本人が気軽に口にする無常というものを批判し、本当の無常とは何かということについて説明する。「無常=事実」であり、「事実=観察によって発見するもの」である。したがって、「無常=観察によって発見するもの」であり、観察によって「変わっている」と分かるのである、という。多くの日本人が観察無く、一部分だけを切り取り、「無常だ」というのは無常を正しく理解できていない、としている。
3つ目は、「無常は事実なので否定できない」というものだ。
無常は、「一切は絶えず変化している」という事実であり、事実には理屈は存在しない。だからこそ無常にも理屈は存在しない。つまり、無常を理解するのに賢く考えて無常を理解しようとする姿勢はそれ自体が間違いであると説明する。どうも無常というと複雑な何かと考えてしまっていたが、このことはすごく私自身の中でスッと頭に入ったものであった。
4つ目は、「変化を発見してパニックに陥る」というものだ。
全てのものは無常であり、常に変わっているのに、災害などが起こると人間はパニックを起こしてしまう。そうではなく、無常とは、変化とは、自然法則であり、変わって当たり前なのだと説く。変わる以外にないので我々は淡々と何の評価をすることなく、無常を受け入れるしかない、と説く。
5つ目は、「「私は変わらない」という身勝手な前提」というものだ。
世界に向き合う時に人間が起こすいちばんの誤りは、自分自身を脇に置いて、外の世界の変化を発見することである、ということだと説く。つまりここには、「自分が変わる」ということは、気にも留めておらず、自分は何も変わっていない、と決めつけてしまうことに問題がある、としている。つまり、多くの人間は、無常の一つである自分自身を無常として捉える事が出来ずに、物事を判断してしまい、正確な見方ができていないと説く。
6つ目は、「私は変わる。世界も変わる。」というものだ。
これは5つ目と重なるところだが、「変わらない自分は成り立たない」とし、「自分」も「一時的な現象でしかない」と認識し、その変わり続ける自分自身をしっかりと観察し自分で経験し、世の中も自分と同じく無常である、と知ることこそが重要であるとする。
7つ目は、「悟りとは「自分は馬鹿でした」と知ること」ということだ。
「執着したり、困ったりする必要は、はじめからなかった」「自分さえも無常だから、執着は成り立たない」と知る人は、完全なる解脱・平安を体験すると説く。
8つ目は、「無常を知る人は、楽しく生きる」ということだ。
「私も世界も全て無常だ」と知っておくことが大切だと説く。全て瞬時に流れていくから。つまり、評価に値する価値などどこにもない。仕事、家事、育児、遊び等は人生の目的などではなく、生きる上で行う一時的な行為であると知ることであり、「これが人生」等と馬鹿なことを思わないことが大切だとする。
9つ目は、「無常のおかげで生きている」ということだ。
ここでは、自分が生きているということは全ての細胞が動いており、一つ一つの細胞が24時間変化し、交換されているということだ、と説明し、「生きること、すなわち無常」と説く。
10つ目は、「「変わらない私」は「人類最大の誤り」」ということだ。
「世界も自分も瞬間瞬間変わるのだ」「過去の私と今の私は違う」「私は執着に値しない」ということを知っておくだけで、智慧がはたらくと説く。
本書を読んでから、この書評を書くまでに時間が空いていたのだが、またあらためて読み返すと、大きな発見があり、目からうろこが落ちるような感じであった。ただ、残念なのはいつの間にか、日常の色々なことにかまけているうちに、本書で自分が知った無常をいつの間にか忘れてしまっていたことだった。これも無常のなせる業と考え、またこれから今度は無常をよく理解してより充実した日々を送っていきたい。