今日も気温は高く過ごしやすい日となった。木々の緑は日に日に緑が濃くなっていくのもハッキリと感じる。画像は過去のものと最近のものだが見ているだけで心身ともに疲弊疲労している今の自分には「身にも気持ちにも染みる」ようだ。秋や冬と違い活気が感じられるようになった春は本当に素晴らしい季節だと今あらためて思うし感じる。今日はホオジロの姿と鳴き声を今年初めて聞いた。キジ、ヒバリ、ウグイスの声はすでに聞いていて、ここ最近はサシバの声も良く聞くようになった。そしてホオジロの声とこれで比較的身近に声を耳にする野鳥は出揃った。自宅裏の下方の湧水路では今年もすでにシュレーゲルアオガエルの声が聞かれ田んぼ全般ではないが田んぼ周辺の水路や湧水路でもトウキョウダルマガエルの声が散発的ではあるが聞こえる。夏季になればホトトギスとオオヨシキリの声が聞かれるようになると夏が来たということになる。来月には今年もゲンジボタルの姿も見られることだろう。こう見ていると長い介護生活時代からその両親の相次ぐあっけない死と自分の人生・生活が様々と一変していく中で季節は毎年当然のように移り変わり過ぎてはまたやって来てはまた過ぎてはやっていく。

 

中島みゆきの「時代」という歌の中にこんな詞がある。

「まわるまわるよ時代は回る」

「めぐるめぐるよ時代は巡る」

「まわるまわるよ時代は回る。別れと出会いを繰り返し」

ここ何年もの間の出来事は本当にこの詞のようだとつくづく思う。

 

春は本当に全てが生命に満ち溢れ「希望」さえ感じるのだが人生も現実もやはり甘くはない。その後も苦労苦闘の日が「つづく」ばかりだ。以前知人の女性からどんなことがあっても「私はいつだって前向き」と聞かされたが私もそう思うようにして自分に言い聞かせ頑張ってはいるのだがなかなか上手くいかない(;^_^A。介護生活前には経験も予想もしていなかった低所得者・貧困層の身になると本当にくじけそうになることばかりだ。それでも前を向いて生きて行かなかければならない。秋や冬の澄んだ空と違い春は空の青が濃く感じる。青い空といい日に日に緑が濃くなる木々や野草を見て「今日の自分・明日の自分」を前向きにやって行こうと思う。

 

低所得者・貧困層の身になり苦闘・苦悩する今自分の周りで移り変わる四季をしみじみ感じるようになった。