今の職場で同僚だった人言っていたことを今も覚えている。彼は愚痴ぐらいは言うが人の悪口などまず言わない男だった。しかし仕事量も増え仕事上注意されることもあったと後で同じ職場の人から聞いた。仕事量の増加と決していい賃金でないこともあってか?彼は退職したが、そんな彼とある日喫煙所で話をした時に彼は「キャンピングカーで日本全国を周りたい」と言っていたのが今も忘れられない。話を聞いていて「夢のある話」だと思った。当時すでに介護生活で半ば自分の「夢」など捨てたも同然だった。その昔介護生活・低所得者・貧困層でなかった頃若かったし介護生活・低所得者・貧困層とは無縁だった。悩みや苦労もあったが少しでも「自由」があった。毎週末のように釣りに行き、行かない日は飼育淡水魚の世話、そうでなければドライブ(あくまで日帰りか一泊二日の車中泊)。釣りもドライブも春から初秋の青空の下でするのは本当にいい気分転換になった。河原でチョイキャンプやチョイバーベキューもやったこともあった。そして何より今振り返ると釣りもドライブに行くにも移動中にいろいろ現地に着くまで期待したり想像したり(釣果など)しながら運転するのも楽しかったし道中にサクラ、ツツジ、フジ、菜の花や新緑の木々を見ながら流れる車外の風景を見ながら運転するのが好きだった。そこにはその後や今と違い「自由」があったことを痛感する。釣りでは様々な魚たちと、ドライブでは様々な風景や生き物たちとの出会いがあった。私は若い頃からツライことや苦労があっても「春になればきっとイイ事がある」とそう自分に言い聞かせ頑張ることが多かった。「春になれば、春になれば」と。介護生活・低所得者・貧困層になり釣りやドライブどころではなくなったが今思うと若いころは人生まだ先もあり当時は確かに「夢」があった。そして退職して行った彼の話を聞いていて「夢を見る」などという言葉さえ今の自分は忘れていたことを思い出した。「夢を見る」はいつしか忘れ苦痛や苦悩の日々の中つくづく思うのは平凡とか退屈とか思うような時の中にこそ「平穏無事」という生活があるのではないか?と。ヒトゴミや車の渋滞するような所は好きではなく一見何もないような平凡な田舎や自然の中を車でのんびり走るのが好きだった。ここにも「平穏無事」という言葉がピッタリの世界があったように思う。大地には道路以外にコンクリートやアスファルトも高層ビルもない。車や電車やヒトゴミの中の雑音もない。花たちが咲き誇り木々が風で揺れる音や野鳥に虫たちの声という「自然の声・自然の音」しかない。私にはそれらの声や音が実に響きが良かった。そう、振り返ると介護生活・低所得者・貧困層とは無縁だったら元同僚だった彼の「キャンピングカーで日本全国を周りたい」というような「夢」を持っていたかもしれないと。キャンピングカーとはまでは言わないが今の愛車の型落ち中古車でもいいので。しかし、「キャンピングカーで日本全国を周る」まではなかったものの、短い間ではあったが、かつて確かにあった「釣りと車の日々」の生活が。

 

かつて釣りに行かない時やその後の介護生活・低所得者・貧困層になってからの旅(ドライブ)をした時に目にする青い夏空と眩しいぐらいの太陽の光には日頃の疲労・疲弊を忘れさせる安堵感があった。

秋も冬も大嫌いだが冬の川を訪れたこともあった。春から秋に釣り人やキャンプに河原でバーベキューを楽しむ多くの人たちで賑わっていた東日本屈指の清流那珂川も実に静かで寂しく一見何もないように見えたが、そこにはやがて必ず来る春を待つ清流の姿があった。春になればマルタやウグイが遡上しカジカガエルの美しい声が聞かれるようになり夏にはアユ釣り師で賑わい秋にはサケが遡上する様々な四季の姿を見せる。

釣りに行った先だけではなく旅(ドライブ)でも様々な生き物たちとの出会いがあった。

(清流に生息する生き物の代表的なカジカガエル)。