釣り人にとって聖地などと呼ばれている地がある。例えばナナマルのバスが釣れる池原ダム、トラウト類が住むフライフィッシャーマンにとっての聖地中禅寺湖など。この中で中禅寺湖はレイクトラウトが国内で唯一生息する地でありレイクトラウトはイトウ、マスノスケと並びサケ・マス科では最大級の大きさになる魚であり、そういった意味では国内ではレイクトラウトの聖地とも言える。そして聖地と言えば奥只見湖(銀山湖)も聖地なのだ。それはおそらく国内で唯一70㎝を超す大イワナが生息する湖だからだ。イワナは日本に生息する淡水魚で最も標高の高い水域、つまり最上流部に生息する淡水魚であり主に水面に落ちる落下昆虫類を主食とする。元々イワナ以外魚類の層が薄い環境であるためイワナは貪欲である。8㎝のイワナが20㎝のマムシを頭から飲み込もうとして飲み込めきれず死ぬこともある。共食いもする。渓流域で40㎝を超す個体を釣るのは困難を極める。以前NHK・BSの「にっぽん釣りの旅」という番組の中で故・三遊亭円楽氏(番組放送当時は三遊亭楽太郎)が岐阜県飛騨川でルアーで43㎝の立派なイワナを釣るのだが同行者の地元釣り師が「渓流ですからね。記録物(大きさが)ですよ。」と言っていたのを覚えている。また故・開高健氏も著書フィッシュンの中で「ふつうイワナといえば20㎝から25㎝である。30㎝のに出会ったら雷が頭に落ちたような出来事である。40㎝、50㎝となると、どうだろう。北海道には海はおりて帰ってくるイワナで巨大なのに成長するのがいるそうだが、内地では、まず考えられない。」と言っている。北海道にはアメマスがいるが大きいものは80㎝から90㎝にもなる。これはウグイで言えばマルタを海ウグイなどと呼んでいることと同様さしずめ海イワナだ。ヤマメの降海型が60~70㎝にもなって帰ってくるサツキマスみたいなものだ。しかし故・開高健氏同様奥只見湖という内地で70㎝にもなるイワナが住むというのは驚くべきことである。故・開高健氏は著書フィッシュオンの中で「イワナが条件次第ではサケのように大きくなれるというこの実例にはホッとする。」と言っている。しかし、イワナを大イワナにしたのは奥只見湖に流れる北ノ又川の全面禁漁などの保護政策の好影響もあるが奥只見湖という人造湖としては国内で流域面積3位、貯水量2位という広大な湖であること、源流や周辺の森がくだらないスギやヒノキなどの人工林ではなく緑豊かなブナ林帯であること、そして放流されているワカサギなどを豊富に食べていることで巨大化したためだ。おそらくこれほどの巨大イワナを育む環境は国内に他にはないと断言していい。奥利根湖など他の人造湖にも50㎝にもなるイワナが生息する水域はあるが70㎝を超す大きさとなるとまずない。私は以前何度かこの奥只見湖を訪れたことがあったが一番感動したのはその森の豊かさであった。深い森と見事なブナの森、そして車で周囲を走っていると至る所で水が噴き出しているのだ。豊かな森は水も豊富なのだと痛感した。普段お粗末な人工林(スギ、ヒノキ)やせいぜい雑木林(人が作り人が利用する林)ぐらいしかないような地でしか生活していないので生きた森というものを初めて見た気がした。ただ人造湖ということと放流しているワカサギ(他にはウグイなども捕食)を食べて巨大化しているところは少し残念。ダム湖のバスのように外敵が少なく巨大化しやすいのと同じで放流されたワカサギを豊富に食べて巨大化したというのはある意味「作られた巨大化」という見方もできるからだ。池原ダムでナナマルバスを釣るのと琵琶湖でナナマルバスを釣るのは意味も価値も違う。イワナも人造湖でもなければ禁漁期間(釣り人のために放流)がない環境で大イワナを釣ることこそ価値、意味があると私は思っている。

 

河川最上流部という厳しい環境に生息するイワナは貪欲だ。8㎝のイワナが20㎝のマムシを捕食しようとすることも。

イワナ54㎝(フィッシュレプリカ)

釣りではなかなか出会えない大きさだが奥只見湖にはこれよりはるかに大きい大イワナが住む。

70㎝を超す大イワナの住む奥只見湖(銀山湖)。大イワナの聖地である。

奥只見湖で釣られた83㎝の大イワナ。降海型でもないのにこの大きさはただただ凄いの一言。