CoCo壱でカレーを注文したら、外国人の店員さんが運んできて、「カレーです」と言ってテーブルに置いていった。
私が頼んだのは「パリパリチキンカレー クリームコロッケトッピング」なのだから、「カレーです」と紹介するのは、Bump of chickenが「一応バンドやってます」と自己紹介するくらい違和感がある。
大丈夫、この例えにピンときていないのはあなただけではない。
最近読んだ、最果タヒという詩人の「恋できみが死なない理由」という詩集がものすごく良かった。
一つ一つの詩は短いのだが、最果タヒの考え方とそれを表現するために使う日本語がとても素敵で、心が洗われるような気持ちになる。
その中の詩の一つに、資生堂パーラーのオムライスを讃えるものがあった。
最果タヒ曰くそれは「オムライス度100」のオムライスで、あまりにも完璧らしい。
最果タヒの美しい日本語は、文字列を以て私の目の前に完璧な形のオムライスを顕現させ、どうしようもなく私のオムライス欲を掻き立てた。私はどうしても「オムライス度100」のオムライスが食べたくなったので友人を誘い、資生堂パーラーを訪れた。
銀座にある資生堂ビルの4Fにある資生堂パーラーでは、店員が店に入った私たちの上着を預かり、椅子を引いて我々に着席を促した。
なるほど、資生堂パーラーでは店員さんも「店員度100」らしい。彼らはたとえCoCo壱で働いていたとしても、提供の際には「パリパリチキンカレー クリームコロッケトッピング 400gの甘口です」と紹介するだろうし、提供後には2スプーン分の福神漬けをそっと添えてくれるに違いないのだ。
あまりに良い雰囲気の店内で待っていると、フレンチレストランで出てくるようなデカくて余白の多いメニューを持ってこられたので、一応5分程度迷ったフリをしてオムライスを2つ頼んだ。
待っている間、私は不安だった。なぜなら、私は既に最果タヒの美しい日本語によって、「オムライス度100」のオムライスを目にしたことがあったからだ。私の思考が作り出すオムライスはあまりに完璧で、私の期待を超えることなどは到底できないはずだった。
ただ、それはあまりにも杞憂だった。宇宙の中に存在する人間が宇宙の外側の「無」をイメージできないように、せいぜい「オムライス度25」程度のオムライスしか経験してきていない私如きが「オムライス度100」のオムライスを想像できるわけがないのだ。
まず、角が全くなかった。全てが丸みを帯びていて、官能的な魅力を放っていた。
そして、それは黄色い輝きを放ち、中に激しい赤を抱えていることを微塵も感じさせない、堂々とした振る舞いであった。
食べることを躊躇わせる美しさであったが、それは食べられる直前であるからこそ美しいのだった。
食べたらめっちゃ美味しかった。
最後に「みかんの缶詰度100」のみかんを食べて帰った。
おむおむって擬音あったら可愛くないですか。
今度使ってみよう。
