墓参りに行ってきた。

 

と言っても車で40分程度の距離にある、自分の親父の墓だ。

私にはとくに宗教的な信念というものはない。

人間の遺体をどのように葬るべきかとか、葬った後でどういう周期でどういう内容の儀式を行うべきかとか、正直、全く興味がない。

唯物論者というわけではないが、生きている人間がどのように解釈しようと、死者はかつて生きていた、そして今はそうではない、ということだけが真実であり、自分も今ここに生きており、いつかは死すべき存在である、それもまた真実なのだろう。

その確信自体はみじんも動揺したことがなく、死者を恐れ敬う気持ちは常に忘れていないので、それを別に線香を立てるとか、お供え物をするとか、お経を唱えるとか、形にして表現しなくても、道徳的呵責は全くない。

すなわち、私自身は、墓参りなんてどうでもいいと思っているのである。

 

ところが、私のお袋さんはそうではない。

なんだが知らないが、毎年必ず、ゴールデンウィークとお盆休みのタイミングで、墓参りに連れて行けと言い出す。

我が家では車を運転できる人間が私しかいないので、仕方なく、予定を調整して私が車を出すのである。

このお袋さんは、なんだか知らないが「べきである」「ねばならない」というイラショナルビリーフが強く、思い込みと先入観だけですべての価値判断が成り立っているような女性なのだが、この人に「墓参りに行かなければならない」というスイッチが入ったらもはや議論も説得も交渉も不可能で、私は言われるがままに「アイアイサー」と返事をするだけである。

 

今日はこの連休の中でも唯一まともに美しく晴れた日だったので、交通量もものすごく多く、帰りは渋滞に巻き込まれたが、近所の観光都市に集まった浮かれた気分の人々、特に若い女の子のきれいな体の線を楽しい気分で眺めながら、姉貴とお袋さんを乗せた車をのろのろ走らせていた。

 

生産性なんて、クソだな。

墓参りの帰りに渋滞に巻き込まれながら若い娘を眺めていることの方が、仕事なんかより100倍マシな時間の過ごし方をしている。

そんなことをぼんやり考えながら、連休明けの仕事のことに蓋をして過ごした1日でした。