昼になった。
36.9度。
もう37度を超える時間も短くなってきた。
昨日の夜寝る前に、市販されている検査キットで調べたらまだ陽性だった。
それも、最初調べたとき以上に、清々しいほどはっきりと「T」の部分に真っ赤なラインが。
というわけでまだ陽性である。
これは月曜日の今日、職場に連絡して今日も休むしかない、という根拠にするために調べたものだったりする。
★(後日追記)どうやら後で調べたら、いまさら検査しても意味ないらしい。人にうつさないレベルまで良くなっても、1か月たっても陽性、となることもあるそうな。
早朝は咳が結構出てきつかったが、今は前と同じ、1時間に2・3回程度に落ち着いた。
咳はとにかく体力を消耗する。
ずっと寝たきりに近い生活で、夜眠れなくなることを心配したりもするが、咳をしたことによって朝食後から昼までぐっすり眠れてしまった。
それぐらい、消耗する。
それ以外はだいぶ良くなった。
頭痛も結構楽になった気がする。
のどもあまり痛くない。
後はとにかく咳。
しかし外へ出るには「陰性」という証拠が欲しい。
陽性のまま、咳しまくってウィルス拡散して歩きたくない。
咳が止まれば、もう「治った」と言えそうな気もするのだが。
長い間のどと肺をやられたので、声にかつてないほどダメージを受けている。
仕事上このままだと支障が出るのだが、今日はとりあえず休みがもらえた。
明日も休ませてくれれば明後日はもとから休み(私は水曜と日曜が休み)なので、木曜からは復帰の約束もできそうなのだが、職場のマネージャー(嫌な奴)は「明日も休みなさい」とは言ってくれなかった。
気の利かない奴め。
…、まあ、私の職場のような零細ブラック企業は常に人手が不足していて(自業自得だが)、欠員が出ると誰かが無理をしないと、あるいは無理をしたとしても、どうにも回らない、ということがよくある。
が、そんな会社は組織としては終わっているので、さっさとつぶれた方が良い。
いつまでもそういう会社が淘汰されずに残っているのが良くないのだ。
というわけで、私は堂々と大手を振ってひとまず今日休んでいる。
昨日調べてから12時間以上たったからもう一回検査キット使って見ようかとも思ったのだが、明日も休む根拠にしたいので、今日寝る前か明日の朝、調べてみることにする。
※ちょっと飛躍した話になるが、こういうところに、市場原理「だけ」では解決しない労働の根本問題があるように思う。
誰でも病気になることぐらいある。
仕事ができる体調じゃないことがある。
その場合は、まず自宅や病院で療養して、再び元気になってもらう必要がある。
もっと言えば、健康であっても5時間おきに飯も食うし、最低でも5・6時間の睡眠が必要だ。
風呂にも入るし服も洗濯する。
つまり、労働者が労働者であり続けるためには「再生産」が必要なのだ。
この「再生産」を家事労働として女性に押し付けたりとか、食事抜きでも・徹夜してでも・体調が悪くたって、「根性」で乗り切る、というような「労働者個々人の道義的責任」の問題にしたりとか、そういうことによって回っているのが現在の(特に日本における)新自由主義的生産体制なのだと思う。
さらに根本的には、労働力というのはまず男女がつがいになり、子を作り、しつけや社会化を行い、学校で教育を施し…というプロセスを20年かけて行って、その結果労働力商品が労働市場に供給される、ということになるのだが、生産システム自体はその供給を自明のものとして一方的に利用するのみで、例えば子育てしやすくするとか、教育にお金を出すとか、そういうことはシステム自体の中にビルトインされていない。
立派な考えの経営者がいる大企業なら、「SDGs」とか意識高い系の演出もちりばめながら、「社会貢献」や「福利厚生」に力を入れていたりするが、そんな会社に勤めている人間なんて一握りの少数者だ。全体のシステムの話とは別。
「常に拡大・成長を目指す」にしろ「自由な競争を通じた自由な経済(生産)活動」にしろ、そこは「働く人」の「再生産」が不可欠であるにもかかわらず、生産システム自体はそれをやらずに「誰かがやってくれることにただ乗りしているだけ」なのである。