「積読」も「積みゲー」も、今や一発変換される。
それほど一般的に「よくある」現象なのだろう。
ゲームの場合、システムや用語、操作など、遊び方(楽しみ方)のコツを覚えるのにある種のコスト(時間)を必要とするものは、積みゲーになりやすい。
それでも、気になった作品はとりあえず買っておけば気が向いたときにやるから、積読派の私としては積みゲーも「アリ」だ。
と、いうわけで、序盤で戦闘の操作に詰まって「積みゲー」化していた『ペルソナ5 スクランブル(以下P5S)』をやることにした。
数か月前に買ったのだが、最初のダンジョンのとある中ボスで詰まってしまい、開始5時間ぐらいで投げていたのだった。
いよいよやるゲームがなくなったので、仕方なく再開し、地道なレベル上げの末、該当箇所を突破。
ストーリーも進み、戦闘のスキルやゲーム内での行動選択がいろいろと解放され、楽しめるようになった。
相変わらずキャラクターの魅力はピカイチ。
それぞれのキャラの掘り下げや仲間同士の絆など、王道ながらしっかり楽しませてくれる。
少々クサいところがあってもそれが味わいたくてゲームしているんだから、むしろこれがいい。
ストーリーだけ見れば、ペルソナ5で満足した人なら遊ぶ価値は十分あるはずだ。
戦闘は無双アクションをペルソナのストーリーや設定に合わせて落とし込んだユニークな内容で、スピーディーかつスタイリッシュ。レベル上げの作業も楽しくてクセになる。(←私にとってここは重要。RPGはレベル上げを楽しめる作品が好みです。)
大ヒット作の続編をこういうチャレンジングな切り口で、かつストーリーとゲーム性のバランスを保ったまま遊ばせるというのは、かなりアクロバティックな芸当だったと思う。
実はツッコミどころはかなりあるのだが、直近で遊んでいたスターオーシャン6より致命的ではない。
ペルソナの方が圧倒的に丁寧に作られている感じがする。
靴の中に入った小石のように、些細なことが気になってストレスがたまるゲームは多い。
斬新なアイデアや見どころがあっても、結局そこで評価を落とす。
※しかし一方、ゲームという体験は、不断の技術革新と創造性によって作り手と受け手のファンタジーが共鳴し合うことが楽しさの根源なのだと思うから、かゆいところにちょっとだけ手が届かない(技術の不備を空想で埋め合わせる余地がある)という要素も同時に必要なのかもしれない。技術が現実を追い越してしまったら、ゲームは面白くなくなってしまうのかも。
たぶん終盤に差し掛かっているはずなのだが、積みゲーになっていたのが嘘のように時間を忘れて没頭している。
クソ仕事が日曜も祝日も休みにならず、10連勤になっていてうんざりするのだが、仕事は消耗しないように適当に手を抜いて、ゲームのことばかり考えて過ごしている、末期のおっさんゲーマーです。