第2ジョブを決めるのにだいぶ悩んだ。
攻略情報も多少カンニングしたが、結局雰囲気と消去法で、適当に決めてしまった。
オリジナル版ではなかった仕様だそうで、これがあるとないとでは完全別ゲーと言っても良いのではないかと思うが、ゲーム性の幅を広げるのに貢献していると思う。
私が今遊んでいるのは「ザ・ゾディアックエイジ(TZA)」版なのだが、遊びやすくするために仕様がかなり追加・変更されているらしい。
過去作に比べて人気がなかった12のオリジナル版が当時どのように受け止められていたのかよく知らないが、少なくともTZA版を中盤までやってみた限り、だいぶ過小評価された不遇の作品だという気はする。
本格派のストーリーに6人の魅力的なキャラ、声優陣も豪華、ポリゴンのグラフィックも進化し、10のときのローポリゴンでのマネキンのような気持ち悪さはなくなった。
UIも美しく使いやすい。
非常に洗練されていて、ナンバリング作品の中では人気上位になっていてもおかしくない出来だ。アーシェも別嬪さんだし。
なぜ、この完成度をもってしても評価されなかったのか。
そこには、作品自体の良しあしの問題以前に、FFシリーズを取り巻く環境の変化の問題があったと思われる。
そもそも、FC/SFC時代からのファンというのは、現在若くても30代中盤から後半のはず。
ボリュームゾーンは40代ではないか。
1980年生まれの私を例にとれば、10が発売された2001年時点ではギリギリ大学生で、12が発売された2006年時点では完全に社会人になっている。
いわゆる就職氷河期世代が過ごした20代というのは残業と休日出勤が当たり前の、「一億総社畜社会」と言ってもいい世の中だったから、長編RPGをやっている時間的余裕がない人は多かったはずなのだ。
しかも、FF10-2と映画で失敗したことや、FF11がオンラインゲームだったことなどが重なり、新作が出るたびにプレイし続けてきたリピーターの「断絶」につながった。
7から10のいずれかが「最後のFF」になった人は多いのではないか。
では新規ユーザーを開拓するという面ではどうだったのか。
その面でも、 FF12の立ち位置は微妙だと思う。
2006年時点で中学生から大学生ぐらいの世代にとっては、今度は逆に、7から10が「最初のFF」になる(1997年に12歳でFF7をやったとして、2006年時点で21歳)。
その層がFF12をプレイするとなると、シリーズの「お約束」を理解するにも相応のコストが必要で、いきなり「ジョブ」と言われてもピンとこないはずなのだ。
しかも、任天堂=ビデオゲームだった半独占状態の市場は、PSの登場以来多様化が止まらず、ゲームは好きでよくやるという人であっても、持っているハードや好きな作品は様々で、必ずしもゲーム好きであればFFの話も通じる、とは限らない。
まして12が「最初の FF」の場合には、戦艦にリヴァイアサンやシヴァの名が使われていたり、召喚獣に歴代ラスボスの名が登場したりしても、「キョトン」としてしまうだろう。
スクエニはこの数年でFF7リメイクを筆頭に、ピクセルリマスターや過去作のリマスター版を次々にリリースしているが、それは7から10が「最初のFF」だった層やそもそもFFを知らない層にゲームの歴史・FFの歴史を伝え、若い世代にその価値をアピールするとともに、「最後のFF」以来ゲームそのものからも離れているかもしれない古参ユーザーに再び刺激を与え、エンタメ体験としてのゲーム/FFという提案に振り向いてもらう、という狙いがあったのだろうと思う。
過去作を分作でリメイクすることや、リマスター版で食いつなげること、そしてそれを次の作品に対するマーケティングへと昇華できること、こんなアクロバティックな芸当は、80年代から90年代にかけての豊かで分厚いジャパニーズ・サブカルチャーの震源地として新しいエンタメを発信し続けてきたスクウェアソフト以外には真似できない。
そしてその悪魔的商法にまんまと刈り取られている私は、ピクセルリマスターを全部プレイして、サントラまで買って、「断絶」によって遊びそこなった作品を全部プレイして、現在12TZAで遊んでいて、「過小評価された勿体ない良作、再評価を」などとブログに書き綴っているという、ものの見事な「お得意様」なわけである。