「気が付くのに〇年かかった」

ということって、ありますか?

 

人間として生きていくうえで、誰もが知っておくべきものすごく重要なことのはずなんだけど、自分がそのことをきちんと理解するのに、数年、あるいは十数年、あるいは、それ以上の年月が必要だった、ということが。

 

そのことを理解していなかったがゆえに、つまり愚かで道を知らないでいたために、過ちを繰り返し、時間と可能性を無駄にし、もしかしたら誰かを傷つけてしまった、そんなことが。

 

…、きっと、誰にでも多かれ少なかれあるでしょう。

 

私の場合、中学卒業以来四半世紀程度かかって、ようやく自分が間違った道を歩んでいたことに気が付きました。

今二十歳だったらどんなに良かったでしょう。

きっと、いろいろなことが変わっていたと思います。

 

でも、人生は一回だけですので、「もしも」はありません。

 

私は現在41歳ですが、どういう状態を目指して生きていくべきなのかが、やっと分かってきた気がします。

それというのも、年老いた親の姿を目の当たりにしたり、勤め先の会社が傾いているのを実感したり、パンデミックをトリガーとして国家や社会そのものが「終わっている」と確信したり、そういう「何も信じられない、何もできない自分」というものをはっきりと自覚して、はじめて認識できたことです。

 

「自立心」という言葉がありますが、早い人なら、もう思春期ぐらいから、親に反抗して自分の人生を歩み始める心理的な準備が進むはずです。

ほとんど本能的に「自立したい!」と思うわけで、私が上記のような経緯を積み重ねなければ自覚できなかったのとは大違いです。

そこまでしないと理解できないぐらい、私は愚かだった、ということは、認めざるを得ません。

 

さて、己の愚かさを自覚して、次に何をすべきでしょう。

いや、何ができるのか、途方に暮れてしまいます。

必要なのは、勇気でしょうか。運でしょうか。

過ちを犯すことは誰にでもあります。

代償を支払わずに学ぶことなどありません。

過ちに気づかないことは愚かですが、気づいてなお改めることができない、というのはどうしたことでしょう。

 

これからしばらく、この問題について考え、行動していきたいと思います。