「嫌いなCM」って、誰にでもあると思う。
いえ、そんなものありません、という人っているのだろうか。
テレビ見ないなら、あるかも。
と言っても、私もテレビはほとんど見なくなった。
2021年はこれまでの人生で最もテレビを見なかったと言っても過言ではない。
(その代わりこれまでの人生で最もゲームを長時間やった。やってしまった。コロナのせいだ★)
そんな私がなぜ「嫌いなCM」について書くのか。
Youtubeで嫌というほど見せられるからである。
嫌いなものについて書くと、人を非難したり攻撃したりする内容に必然的になるから、共感できる人以外にはその記事自体が不快なもの、嫌いなものと映るだろう。
ただ、自分としても、「なぜそれが嫌いなのか」「それを見てなぜ不快に感じるのか」を明らかにしておかないと、やっぱりこの世界に対して自分が選択した態度に自覚的であることができない。
それを不問に付したまま、自分の中だけで噛み殺し続けるのはストレスになる。
不特定多数に向けて発信された情報が、受け手にどうとらえられ、どんな反応が返ってくるか、それは、情報の発信者がある程度覚悟しなければならないと思う。
基本的に、押し付けがましいもの、こっちの違和を無視しているものが嫌いである。
(最近見かけないが、例えばAC(公共広告機構)のCMは全部嫌いだ)
そうはいくか、その手に乗るか、
俺には俺の感じ方や考え方がある。
押し付けてくるなよ、と。
お前が勝手にそう思っているなら、いい。
それは自由だ。
でも、俺はそうは思わない。
それも、自由だろ。
そして、どんな商業的・政治的意図があるにせよ、メディアという名の「拡声器」で、「でかい声」で発信したのなら、そこには受け手との間に対等でない、非対称な権力構造がある。
一方的であり、対話にならないのだ。
だから、嫌い。
そういうCMが、毎年ある。
さあ、前置きが長くなったが、そういうわけで(?)、2021年の大賞を発表する。
ずばり、
Google Pixel6のCM。
同性愛の男性カップルが電話で「おやすみ」「何回目のおやすみだよ」と会話しているやつ。
私は同性愛者を差別する気は毛頭ない。
そういう人がいても、私の人生には何の影響もない。
まして、どんな理由があろうとも他人を迫害したり、さげすんだり、傷つけたりする資格など自分にあるとは思わない。
自分と違う、とは思うが、そもそも私は、「自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安(太宰治『人間失格』)」にずっと悩んで生きてきた人間なので、性愛の指向性の違いなど、あって当然というレベルのものだ。
ただ、女性同士、というのはまだ想像できるが、男性同士、というのは想像しても理解できない。
女性の体を見て性的に興奮するのは私と「同じ」だが、その逆の場合は私とは「違う」ということになるから、私にはその感覚は分からない。
一緒にいたい…?
セックスはしなくてもいい?
それも、分からない。
分からないというだけで、繰り返すが、私の人生には何の影響もない。
ただ、youtubeのCMで、他の動画を見ている最中に強制的に見せられている以上、そのCMは本質的には企業のイメージ戦略であるにせよ、政治的な意味を持っているし、仮にどんなに純粋で善良な意図から発せられたものであったとしても、権力性を伴っている。
私は動画の続きが見たければそのCMが終わるのを待たねばならず、しかも別の動画を見ている途中でも何度も繰り返し意識に刷り込まれるのを甘んじて引き受けなければならない。
それを受け入れることこそが、見たい動画の続きを視聴する条件であるのだから。
私は異性愛者であることをもって多数者の一員として同性愛者よりも優れている、と思ったことはない。
だが、男性同士でイチャイチャしているのは、自分とは違うし、自分が同じことを(男性同士で)やっていたら「気持ち悪い」と思ってしまう。
誤解して欲しくないのだが、ゲイが気持ち悪いと言っているのではない。
たとえば昆虫を食べる食文化の人がいたとして、その人が昆虫を食べていたとしても構わないが、私が自分で昆虫を食べることを想像すると気持ち悪い、と言っているのと同じだ。
で、異性愛者の男性である私と同じように感じる人が相当数存在するはずの世界に、あのCMを強制的に視聴せざるを得ない形で流し続けるのは「フェアじゃない」と思うわけだ。
それを見て不快になっている俺の気持ちはどうしてくれるんだ、と。
不快になることそのものが倫理的に非難されるというのなら、それはおかしな話だ。
私には私の感じ方がある。
あなたにはあなたの感じ方があるように。
そして、私はあなたがあなたの感じ方通りに生きることを邪魔しない。
だから、私の感じ方にも配慮してくれ。
…そういうことだ。
実は、Googleには山頂で結婚式を挙げるカップルのCMもあり、あれはあれで嫌いなのだが、「大賞」ということになると、こちらでした。
2021年、そろそろ、さようなら。
今年もめちゃくちゃな1年だったが、来年はどうなるかな…。