※ネタバレアリ

 

続いてストーリーについて。

 

先によかった点をストーリーの軸ごとに書いておこう。

 

1)シオンの絶望と希望に寄り添う旅

触ると痛い女と痛みを感じない男、という「凹凸」の組み合わせ。

噛み合わせがうまい。

シオンの内面の変化、荊がもたらした深い絶望と、仲間がもたらした思いもよらぬ希望、ストーリーの一つの軸として、続きが気になる構成で、筋が通っていたと思う。

 

孤独と絶望の中で心まで荊だらけで生きてきたシオンが、アルフェンや仲間たちとの出会いの中で少しずつ変わっていき、死んで荊を終わらせるという目的が動揺し始める。

仮面が完全にはがれ痛覚が戻ったアルフェンを荊で傷つけてしまい、手を握ってもらえなかった時の涙は心に刺さるものがあったし、レネギス出発前夜に「もっと仲間たちと一緒にいたい、死にたくない」と告白した場面もまた、シオンに幸せになってほしいと思わせる作りになっていた。

食いしん坊でオシャレ好き、意外とシャイでお茶目な「本当のシオン」に会いたくなるのだ。

さらに巫女であるネウィリの子孫として、アルフェンとは300年越しの因縁を共有している、という設定。

ヒロインの設定としては最高によく練りこまれていると思う。

 

2)宿敵ヴォルラーンとの一騎打ち

キャラクター編でも言及したが、私はヴォルがいたく気に入ってしまった。

前半最後の見せ場、ヴォルとの決着シーンは、私が今まで見たあらゆる殺陣の中でも最高の部類に入る出来だった。

モーションキャプチャーの技術、カメラワークの技術、すげえな。

アルフェンがヴォルの胴体を貫通した炎の剣を引き抜く際、少し引っかかってそこから力を込めて角度を変えながら抜き取る、という細かい描写までしっかりあって、こんなのむしろ実写映画じゃ無理、CGだからこそ「本当に刺す」ことが可能なのだと、感動してしまった。

技術×キャラの魅力で、宿敵との対決、という軸もまた、良いものになっていた。

 

3)圧制から奴隷を開放する

「これぞRPG」な、ドラクエの勇者感。

悪い奴からみんなを助ける。

この前半までの「わかりやすさ」があればこそ、後半の「わかりにくさ」も許容される。

分かりやすすぎる気もするが、ゲームのシナリオとしてバランスを壊さないことを優先した結果と受け止めたい。

 

4)300年の謎を解き明かす

300年前の儀式の謎/王・巫女・荊の謎/赤い女&レナの真実

予想通りの部分と意外な部分、どちらもあったが、すべての物語の軸を統合する世界の全体像。

この設定があればこそ、ストーリー全体としても調和のとれたものになっている。

 

5)差別や支配に抗う ~自由とは何か

奴隷であることに慣れ、戦うことを辞めてしまうカラグリアの人々、

寒さと暗さの中、自分だけ助かるために陰湿な密告合戦を始めてしまうシスロディアの人々(ちょっとナチス政権下のドイツみたいで怖かった)、

表向きの理想主義の影で欺瞞に苦しむテュオと、政治秩序の安寧に盲従するメナンシアの人々そして反乱分子、

スルドを追い出すや否や自ら別の暴力的権力構造を作り出すミハグサールの人々(というかデダイム)、

自我を放棄し命令通りに動く機械のようになってしまったガナスハロスの人々、

最後にはレナ人など存在しない、差別や偏見は人間が作り出したもの、という真実。

 

「自分自身の主人であれ」というジルファの言葉とともに、「正社員」システムの崩壊を目の当たりにしながら途方に暮れる現代日本人には、結構考えさせられる重厚なテーマだったと思う。

 

さて、この記事のテーマは「惜しい」ということ。

 

つづいて、これらのシナリオで、残念だった点。

 

1)ヴォルラーンのルサンチマン&強引なシオンの救済

最後の最後で、ヴォルラーン。

ヴォル、好きだったよ。

でも、最終的には嫉妬を動機に嫌がらせするだけの幼稚なストーカー。

シオンを誘拐してすぐに開放するという無意味な行動も、結局シオンとアルフェンの絆を深めた結果にしかならなかったし。

ヴォルに嫌がらせ以上の動機がないから、どうひねっても「誘拐した後の始末」があれ以外に出てこなかったのだろう。

セフィロスにはなれなかったか…

 

そのヴォルに、つまらん説教を垂れた挙句、シオン救済の唯一の方法と言われたレナスアルマをあっさり持ち逃げされる間抜けな勇者。

からの、クソ長かった「星霊力の原理と世界の成り立ちと荊の謎」の前提に一度も登場したことのない「元気玉理論」を土壇場で編み出し、すべてを理想形で解決するという強引な救済。

 

なんだか「力尽きた」という感じが否めない。

そこまでせっかく頑張ってきたのに、何でここだけこんなに雑なんだ。

正直、この展開を見るまでは、評価が90点を超えていたのだが、一気に減点対象になった。

フィギュアスケートの選手が最後のジャンプに失敗した感じ。

 

2)エンディングの物足りなさ、あるいはアニメパートの意味

最初から延々と絶望と希望を行ったり来たりしながら変化するシオンの心を丁寧に描写し続けてきたのに、ようやくすべての呪縛から解放された彼女に一言もしゃべらせないまま曲&スタッフロールに流していったエンディング。

これでいいのか。

いや、ハッピーエンドは結構だが、シオンの感想を聞きたいだろ。

自分を「仲間」「友達」と呼んでくれる人々と共に生きる未来がついに現実になったのだから、もっと感情を爆発させて良かったのに。

加えて、アニメパートになると途端にキャラの表情その他が幼稚な印象になり、3Dと比べて躍動感もなくなるのもマイナス。

正直、アニメいらなくないか。

なぜ全部3Dにしなかったのか、ちょっと意図が分からない。

 

3)レネギスにいる「レナ人」の少なさと無能さ、あるいは「ただの人」になるスルド

新幹線で東京から大阪まで行くぐらいの距離感しかない天体間移動、というのもちょっと笑えるが、レネギスの人口の少なさよ。

300年にわたって別の天体の全住民を奴隷支配している割に、規模が小さすぎる。

そんな小規模な母集団の中から、由緒正しい家柄5つを選抜し、さらに王を決定するコンテストに動員する、というのも、田舎の市長選挙のようで急に寂しくなる。アウメドラはどう見たって生まれつきの魔女だろ。

しかも、「現職の王はどうしているのか」「レナ本国はどうなっているのか」ということに対して、これだけ未来的な文明都市で生活する(おそらく高等専門教育も受けている)人々が、微塵も疑問を抱かないのだとすると、レネギスの住民はあまりにも無能すぎる。

テュオハリムですら「いわれてみれば…」みたいなリアクションだったし。

レナが球体ですらない、ということを誰もわかっていないなんて…

※昼と夜があるということは太陽のような恒星が存在し、各天体は自転している、ということになる。

自転していれば円盤じゃない部分も見えるはずだし、太陽との位置関係によっては影ができるし、夜には月のように太陽の光を反射して光るはずである。つまり、レナが球体でないことを、同じ天体を毎日観察できる人が気づかないはずがないのである。

 

4)謎の説明が長すぎる

後半、時間的には確かに倍の分量はあるが、「説明」に充てられている分量が多すぎる。

しかも物語上の専門用語で展開されるものだから、会話で一度聞かされてもよく分からないときがある。

要するにレナという天体そのもの(星霊)が意思を持って隣の天体の星霊力を吸い取っている、そのためにダナ人→レナ人(元ダナ人)→ヘルガイムキルを利用している、という説明なのだが、これもよくよく考えるとおかしい。

星霊は「意志をもっている」とはいえ、あまり言葉を理解したり複雑な思考をできない、つまりは知性も自我もない、ということなので、ヘルガイムキルを操ってあそこまで複雑な星霊力搾取のための支配体制を「双世界」全体に適用するというのはどういう原理なのだろう。

 

また、精霊力の扱いに長けたダナ人をレナ人として選抜したようだが、だとすれば魔法使いリンウェルの祖先は真っ先に標的にされたはずである。

 

あと、SFでたまにある話なのだが、人類よりはるかに優れた文明を持つ宇宙人が、ヌルヌルびちゃびちゃのエイリアンだったり、ヘルガイムキルのような常時全身アーマーの異形の生命体だったり、知性のかけらも感じない姿かたちをしているというのも、なんだかなあ。

 

 

RPG1本分の分量としては申し分ないボリュームで、美しく没入感のある物語だったが、それでもあと一歩「何か」が足りない、「惜しい力作」としてのアライズ、ストーリー編でした。