以前も少し書いたのですが。
私は、井伏鱒二の山椒魚のような人間です。
世の中哀れな馬鹿ばかりだと他人を見下していますが、最も哀れな愚か者は自分自身なのです。
ナルシシズムにとらわれた幼稚な心で、知的にも道徳的にも小さな自分を受け入れることができず、「そんなはずはない」と他人に唾を吐きかけてきました。
近頃、自分よりだいぶ年下の若い人たちが、ちゃんと自分の人生を自分の力で生きようとしている姿を目撃することが多く、なんだか40過ぎて山椒魚そのものになっている自分の醜悪さ、愚昧さが、耐えがたいと思うようになりました。
もう、自分には何の可能性も残されていないと絶望しているのですが、すべては自分が愚か者であることを理解していなかったために、あらゆるチャンスを棒に振った結果なのです。
苦しく、むなしい。
むなしいのは、自分自身の愚かさのためです。
醜く愚かな自分をも、それが現実のありのままの姿として引き受ける覚悟が持てるのかどうか。
人生後半の課題です。