さて、過去3回、歌の詞について語ってきた。
美人やスタイルのいい女性とすれ違うと思わず振り返って2度見してしまうのと同様、何気なく音楽を流していて、期待のはるか上を行く音や詞が流れてくると、思わずスピーカーに目が行って、今自分が何を聴いたのか、頭を整理しながら、「出会った」感覚に酔いしれる。
凡百の「いい曲」と「神曲」の決定的違いはそういう体験があったかどうかの差とも言えるかもしれない。
桑田佳祐はもう神そのものなのでここでの考察から外すとして、他に私がこの曲のこの歌詞を刮目せよ!と訴えたいのはこんな曲。
●スピッツ 君が思い出になる前に
この曲の2番の歌詞は、空から降ってきたとしか思えない。
草野マサムネに「もう一度同じことをやってみて」と言っても、やろうと思ってできることじゃないのではないか。
個人的に、スピッツの最高傑作はこの曲だと思っている。
ではその2番の歌詞から、ここを見て欲しい。
できれば、声に出して読んで欲しい。
追い求めた影も光も消え去り
今はただ 君の耳と鼻の形が愛おしい
忘れないで 二人重ねた日々は
この世に生きた意味を 超えていたことを
ここから、「君が思い出になる前に~」というサビにつながる。
…、絶句。
「耳と鼻の形が愛おしい」、こんなことを言葉にしたことはないが、でも、分かるよね。
きれいだ、とか、かわいい、とか、そういうことじゃなくて、
赤ちゃんの手とか、おしりとか、
猫の肉球とか、しっぽとか、
生き物の体の部位の、「形が愛おしい」って。
そこに恋愛感情があればなおさら、目の前にいるその人の存在そのものが、愛おしい。
彼女の耳と鼻の形をまじまじと見られるほど近くにいる、その距離感。
そんなにそばにいるのに、君は思い出になってしまうんだ。
うっきょーーー。切ね゛え゛。
そんな人に出会えて、ときめいて、日々を重ねてきたこと。
それは、「この世に生きた意味を超えていた(!)」って。
うわーーーーー。
たまらんぜ。
これぞ神曲。
そしてさらに、これが2番の歌詞であるという構成も見逃せない。
実は1番で
明日の朝僕は船に乗り 離れ離れになる
夢に見た君との旅路は 叶わない
と、「君が思い出になる」経緯が説明されている。
ああ、大好きな彼女と別れなきゃいけない、だからこのタイトルなんだな、というわけで、聴き手は納得しながら一度サビを聴き終えている。
凡庸な「いい曲」であれば、ここが曲のピークということになるのだが、この曲の場合、タイトルでもありサビの冒頭フレーズでもあるこの「君が思い出になる前に」が、実は一番聞かせたい2番の歌詞へと聴き手を誘導しているのである。
1番のサビで物語に納得した聴き手は、2番のAメロ&Bメロで不意打ちを食らい、「スピーカーを2度見」しながら、2番のサビで自分が聞かされた物語の意味を再認識する、という構成になっているのだ。
この曲以外に、こんな構成の曲は思いつかない。
2番の歌詞の方が深い、という曲は他にもあるかもしれないが、
聴き手がその深さに感激しつつ、若干処理が追い付かずに面食らう、それを見越したうえですかさず2回目のサビを聴かせてついてこさせる…これはとてつもない仕掛けだと思う。
また、そういうことをやるのにちょうどいいテンポの曲なのだ。
こんなの、狙って書けるものなのか。
詩人というのは、本当に偉大だな。
マジで、最高傑作だと思う。
以上のことを踏まえたうえで、改めて聴いてみてください。