今日も東京は100人越え。
これ、止まらないね。終わらないね。
しかしまあ、そりゃそうだろ。
5月5日にも書いた(「新しい生活様式」という謎の言葉遣いhttps://ameblo.jp/basicman40/entry-12594701723.html)のですが、そもそも、「新しい生活様式」なるものが、「ギャグか?と思うほどの超非人間的過ぎる生活様式」であった(例:食事中は横に並んで座ってできるだけ会話しない)ため、そんなものが我慢できるのはせいぜい1週間とか、長くても1か月っていう単位で、数か月、半年、もしくは1~2年以上も、続けられるわけがないのであります。
「経済活動」はしたくてしている人がどれだけいるのか、金さえあるなら誰も好き好んでやらないような気もしますが、消費も経済活動とみなすなら、やっぱりずっとせずにはいられないわけですし、コミュニケーションへの欲求は誰でも持っているでしょうし、親しい人とのスキンシップもしたいでしょう。
プロ野球でも、仲間とハイタッチしたいのにできず、イマイチ夢中になり切れない選手たち。
子供たちも、友達とくっついて遊んだり、向かい合って会話しながら食事したりできないんだって。
不憫ですなあ。
で、そんなものを「生活様式」として内面化せよ、だって。
馬鹿じゃねえの。
もはや、こんなの人間の生活じゃねえよ。
で、こんな不自然なことを我慢できるのなんて、非常事態だっていう緊張感が例外的に高まっている短期間だけで、常態的に長期にわたってやり続けろと言われたら、我慢しきれない奴が当然出てくるに決まっているのです。
だから、「生活様式」としてしまうと、「永久に終わらない感」が出ちゃうのです。我慢できなくなるのです。
やってられるか、知ったことか、と。
「いつも通りの日常」以外に「生活様式」に「新しい」もクソもない。私たちの生活様式はたった一つだ。
仲間と笑って楽しく飯を食う。飲食店にも入る。電車にも乗る。遠出して、買い物だってする。
「生活様式」なんて、自分らが気分よくやれるバランスの中で作られたものだ。お上から強制されて覚えたもんじゃない。
で、緊急事態宣言下では、人との接触を8割減らす(つまり9割の普通の活動、普通の生活様式を停止させる)ことになっていたが、経済活動が停滞して景気が悪くなるものだから、「新しい生活様式」で6割ぐらいで「寸止め」してくれ、ということになったわけです。
しかしねえ、人間、「6割で寸止め」ってできないもんだぜ。それができるならもっと世界は品のある場所になってるって。
「新しい生活様式」という謎の言葉を政治が振り回していた時点で、打つ手はなかったのですよ。
そこにツッコミを入れなかった、無能で鈍感なマスコミもまた、大して役に立たないということになります。
さて、第2波が来ると経済的には日本は来年もマイナス成長になると言われていますし、私が勤めているクソみたいなブラック零細企業もつぶれそうで、私は来年失業しているかもしれません。でもクビなんかくくりません。働いてないからって、何?
働く馬鹿がいるおかげで世界がひどいことになっているのが、まだ分からんのかね。