みなさん、「ルッキズム」っていう言葉、聞いたことありますか。

私も最近覚えたのですが、要するに、「見た目至上主義」とか、「見た目による差別」みたいな意味なんだそうです。

 

若い女性は多かれ少なかれこういうことを気にせずにいられないとは思いますが、それは異性にもてるとか、金持ちのイケメンをゲットするとか、そういうこと以上に、「見た目がいい」=「金になる」という世の中になったことに伴って生まれたものの見方だと思います。

 

男であれ、女であれ、性別が存在する動物種であれば、クジャクが自分の羽の美しさをアピールするように、見た目で異性にアピールすることがあるのは当然です。だから、完全に見た目を考慮に入れない、というのは、ちょっと自然に反すると思います。

このまえ、マイケル・サンデルが「見た目による差別は認められるか否か」について議論している番組を見ましたが、私なんぞは、「問題の本質はそこじゃない」と思っています。

 

受付嬢とか、キャビンアテンダントとか、アナウンサーとか、そういう人の採用基準の一つに「見た目」があるのは、当然じゃないでしょうか。

それに、恋愛や結婚の相手として「一目ぼれ」したら、それは見た目で決着がついた、ということになります。

それ自体に目くじらを立てるのはおかしい。

 

問題は、「格差」と「見た目」が結びついているということにあります。

アイドルとか、ユーチューバーとか、そういう人が「見た目だけ」でものすごいお金を稼いだりする一方、「基本的にブスが不幸」という身も蓋もなさすぎる現実が理不尽な思いを掻き立てるのです。

※参考文献:『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください』藤森かよこ

 

これは女性だけの話ではありません。

やりがいのある/楽しい/稼げる/安定した/チャンスの多い、こういう「素敵な仕事」はそれほど多くはない、ほとんどの仕事がクソ面白くない/無意味な/給料の安い/不安定な、「ブルシットジョブ」であり、経済的な意味だけでなく、人間としての可能性や、もっと言うと、イキイキと生きるための条件が損なわれたものなのです。

それこそが大問題なのです。

見た目の恩恵を受けている人「だけ」がブルシットジョブから解放されている(かのように見える)こと。

 

アイドルを見てごらん。

何の勉強もしていない小娘が何十人も束になって、歌も踊りも素人レベル、だけどお姫様みたいな格好してキャピキャピ騒いでいればかわいらしくてつい見ちゃう、ときどき露出の多い格好させて性欲と鬱憤が溜まった野郎どもを刺激する、たまには握手会でもやって、CD売って、ライブやって、CM出て、一儲け。頃合い見計らって、IT長者やスポーツ選手と結婚すればそれで逃げ切りか。

 

ユーチューバーを見てごらん。女性なんか特に露骨で、再生回数増やすためにキメ顔・キメポーズ・キメ衣装で、サムネイルは胸とかお尻とか、自分の体の自信のあるところ映して、内容なんかなくたって、アイドル同様キャピキャピやってれば、男がこぞって再生して、広告収入が入ってくるわけです。

 

今の社会には「汗水たらして働く」ことを賛美したり、感謝したり、そんな人情は存在しません。

もっとコストの低いもので代替できる、場合によってはAIにやらせても構わない、「価値を生み出さない労働は必要ない」とまで言われる。

大の大人が、あるいは男がプライドむき出しで、必死に長時間働いたとしても、動かしている経済的な価値自体はキャピキャピアイドルやユーチューバーのクソガキの足元にも及ばない。

 

そのコントラスト・格差こそが問題の本質なのです。

つまり、「見た目で(時として莫大な)金が動く世の中になった一方、稼得能力といえるほどの見た目を授からなかったほとんどの人がブルシットジョブに甘んじるしかなくなっている」ということ、これが、「ルッキズム」の本質であると私は考えています。