SNSのバッシングを苦にして若い女性が自殺してしまった、ということで、
コロナに飽きたメディアはそれを報じて、みんながそのニュースを消費しています。
さて、昔からそういう人は常にいたのでしょうが、最近の世の中では特にそういう「理性の働きが弱い人」の「クズ的反応」が目立っています。
私が思うに、以下のような反応は全部同じメカニズムで起こる「クズ的反応」のバリエーションです。
・煽り運転
・理不尽なクレーム
・飲食店の店員に対する横柄な態度
・SNSでの誹謗・中傷・いじめ
・芸能人の不倫報道に対する過剰反応
・自粛警察
※自粛警察を非難していながら、芸能人が旅行に行ったり飲み会したりしていることに、また過剰反応している人がいますね。
彼らは意識は低かったのでしょうが、別に法を犯したわけではありません。
自分がなぜそこまで彼らを罰したくなるのか、よく考えた方がいいと思います。
・ポピュリストに対する投票行動
・ヘイトスピーチ
・DV
上記のような言動をやめられないという人は、神経症のようなもので、ちょっとした病気です。
基本的に、みんな幸せじゃない。
自分の人生に不満があり、自分が我慢していることをしている人がいると、「うらやましい!なんであいつばっかり!ズルい!!」という感情が理性を踏み倒して、攻撃せずにいられなくなるのです。
そういう人間は、いつも「悪いのはあいつの方だ、自分が悪い奴を罰するのだ」という意識を持っているので、「不倫」とか「自粛要請に応じない」などの、公の権威と結びついて大義名分を与えられたら、そこで完全に思考停止して、「正しいのは自分、間違ってるのはあいつ!」ということで、日ごろたまりにたまった鬱憤を発散しているのです。
そういう鬱屈を抱えている人間は、どこにでもいます。
いや、今日のようなストレス社会においては、誰の心の中にもあります。
私にもあります。
自分はもっと認められるべきだ、
報酬をもらうべきだ、
愛されるべきだ、
尊敬されるべきだ、
求められるべきだ…
しかし、現実は、そうはなっていない。
いつの時代のどんな社会においても人生は思い通りに行かないものなのだと思いますが、
それにしても、
今日の日本の状況はひどいです。
それは、地域社会が崩壊し、
その代替となってきた企業内共同体も崩壊し、
さらにグローバルな多国籍企業によって「想像の共同体」としての国民国家の権威も弱体化し、
組織や職業と一体化して、誰かからひとかどのものとして承認されたり、
他者から存在を求められたりすることがなくなってきたからです。
要するに、みんな、愛に飢えているのです。
※「モテない」という状態が分かりやすいと思います。
同性からも、異性からも、モテない。
誰からも、求められない。
その虚しさです。
それでもお金があればまだよかったのかもしれませんが、
平成30年の産業構造改革の失敗と人類史上未曽有の少子高齢化によって先進国としての地位も怪しくなってきたこの日本では、
もはや先進国の国民としてのアイデンティティも揺らいでいます。
※だからことあるごとに「日本はすごい!」と言いたがるのです。
そしてこれは、多かれ少なかれどこの国でも見られる現象であり、世界的なポピュリズムの流行はこれまた必然です。
人々の「何かと一体になりたい」という欲求、実はそれが、前の記事にも書いた通り、「ナルシシズム」と「抑うつポジション」の問題であり、「アイデンティティ」の問題でもあります。
結局、人間には「仲間」が必要なのです。
過剰な経済競争と情報の洪水の中で、なんとか「成功した人間」のコミュニティに入らないと幸せになれないかのように錯覚させられ、常に自分と他者を比べて足りないものがある自分は不幸なのだ、と思い込まされている。
あるいは、経済的に見て価値のないもの、合理的でないものは即座に切り捨てるようなプレッシャーにさらされ、
「仲間」のいない世界でみんなが孤立していく。
クズ的反応の中には明らかに他者に対する暴力であると断定できるものもあり、
またその動機が実にあさましく見苦しいという意味でろくでもないものには違いありませんが、
法律によってそうした行為を禁止するだけでなく、
そうした行為の根底にある「虚しさ」を克服するよう努めなければ、誰も幸せにならないでしょう。