皆さん、虚しくないですか。

私は虚しいです。

 

生きていて、うれしいとか楽しいとか、そういう気分になったことは、15歳のころから40手前の今日に至るまで、一度もありませんでした。

私に説教する人は、そういう感情を25年間も、一瞬たりとも味わわずに生きることがどんなものか想像してください。

はっきり言っておきますが、私は馬鹿ではないし、努力家でもあります。

あなたの才能、あなたの努力、それは私を上回るものですか。

私を批判したい人、あなたはいかほどのものですか。

 

ああ、むなしい。

 

生きていても、何の価値もないです。

今私がお金を稼ぐためにやっている仕事も、何の意味もないです。

誰かの役に立っているという気もしません。

 

この世に存在する仕事は、需要があってやっているのだから、それで誰かの役に立っている。

すなわち、この世に存在する仕事にはすべて意味がある、という納得の仕方をする人がいます。

 

怠惰ですねえ。

その程度で、納得しちゃうんですか。

 

だったら麻薬の密売人も、軍事産業の「死の商人」も、オレオレ詐欺だって、なんでも正当化されるじゃないですか。

え?違法行為だからそれらはNGだって?

じゃあ合法なら何でもOKですか?

 

たとえば、スマホ。

私はこんなもの、なくても全く困りません。

あれば便利な面もありますが、なくても生きていけます。

で、これを子供に渡して、何かいいことありました?

四六時中SNSとゲームに没頭して、学力は下がるわ、いじめは起こるわ、なにもいいことないじゃないですか。

 

こういうものを発明し、流通させた人間は、ある種の人々を儲けさせ、ある種の人々に利便性を提供しはしましたが、ある種の人々の生活を破壊し、ある種の教育を成立不可能にさせ、もしかしたら、ある種の文化を取り返しのつかない程度にまで破壊したのかもしれないのです。

 

労働なんて、ほとんど悪です。

金儲けなんて、ほとんど悪です。

 

さて、今日の社会において、労働とは、ほとんどそういう「見方によってはもしかしたらとんでもないことをしているのかもしれない」というきわどい行為そのものです。

にもかかわらず、人生の時間のほとんどがそこに傾注されます。

そのことに気が付いている人間は、当然にも、虚しさを覚えます。

 

虚しさを感じている人へ。

 

あなたは、正しい。

その虚しさは、正しい。

 

ほとんどの、この社会に適応済みの人たちは、自分たちの中に潜む「悪」を隠ぺいして、法を制定し、他者を裁き、生きています。

そういう人間が多数派となって制定する法や原理に適応しなかったからと言って、私たちは悪ではありません。

 

人生って、本当に虚しいですねえ。