死ぬときも、父は会社の福利厚生施設の病院(すごくでかい病院でした)で亡くなりました。

終身雇用ってすごいですね。

本当に、ゆりかごから墓場まで、なんですね。

この制度で日本は奇跡の高度成長を成し遂げたわけですが、それこそが僕らのような氷河期世代を生み出す大きな要因にもなったわけですし、それによって少子高齢化がシャレにならない水位にまで至っているのですから、諸行無常です。

親世代が受けた恩恵によって子世代が自立できなくなるという皮肉は、悪魔でも思いつかない最悪のシナリオですな。

 

「私が本当に欲しいものは何か」ということを考えるとき、以上のような父の人生を振り返ることは必要なことだと思います。

 

私は当然父とは違う人間で、違う時代に違う教育を受けて育ちましたし、価値観も違います。

ただ、やはり半分は遺伝子を受け継いでいますし、何が好きで何が嫌いか、という部分では共通点もあります。

それは選ぶというよりある種の宿命として、受け入れるしかないレベルのものかもしれません。

 

現在、私はこの社会に適応できずにいます。

前にも書きましたが、非常に「生きづらい」と思いながら15歳以降の20年以上を過ごしてきました。

父も、適応できていたとは思えません。

父は静岡の農村から東京に出てきて大企業に就職し、結婚して子供を設けました。

家も車も所有しました。

それでもどこか、常に不全感を抱えており、結局酒に逃げて早死にしました。

 

父が都会の生活に適応できなかったこと、農村的な共同体に所属して全うする人生を心のどこかで求めていたこと(それでも企業共同体がしっかりしていただけ現代よりマシだったと思いますが)、そういう部分は、私にも受け継がれていると思うのです。

 

実はオフィスワークは私も苦痛なのではないか。

共同体に所属したいという欲求がいつまでも心の中にあるのではないか。

それゆえにこそ、もはやどこにも存在しない共同体を求めつつ、この社会に適応することもできず、居場所を求めてさまよっているのではないか。

 

そういう仮説が、だんだん真実味を帯びてきている気がするのです。

うまくまとまらないのですが、散髪に行く時間となりましたのでここまで。