高校も、大学付属のいわゆる難関校を受験して、合格しました。
ところがここから、なんだか調子が悪くなってきたのです。
①で書いた「ゲームのルールを理解できない」
ということと、
②でここまで書いた「批判(勝負)に弱く、完璧な自分しか受け入れられないと思い込んで過剰適応してしまう」
という性質の掛け算により、
「自立を目指した自我形成」という命題に完全に躓いてしまいました。
まず、「ゲームのルール」です。
学歴社会のゲームのルール。
なぜみんな受験勉強して学歴を手に入れようとするのか。
それは「いい学校を出ていい会社に入る」ためでした。
今となっては時代遅れの戦略ですが、当時はまだみんなそういうつもりだったのです。
ところが私は「運動会でピストルが鳴った途端にゴールと全然違う方向に走り出す」というのと同様、この「人生ゲーム」のルールを全く理解しないまま、「先生の要求に100%応える完璧な自分」であることの延長として難関大学付属校に進学してしまったので、その環境に全くなじめませんでした。
同級生はほとんど勉強しない怠け者でした。みんな、人生ゲームの勝者のつもりだったんでしょう。
また、「バンカラ」な校風の男子校だったので、生徒も教師も結構乱暴でした。(先生が生徒をぶん殴るなんて、日常茶飯事でした。)
だから「みんなが優しい友達」という感じではなかったのです。
おまけに、(これもHSPの人には結構経験あるのではないかと思いますが)学校が家から遠かったのです。
2時間はかかりませんでしたが、でも遠かった。
学校でエネルギーを使い果たすと帰りの満員電車がきつくなるので、いつも「省エネ」で生活していたのです。
で、高校時代の3年間、私は誰とも打ち解けられずに、勉強にもスポーツにも打ち込めずに、孤独に無為に過ごしました。
中学まであんなに活躍できた自分が、友人ひとり作れない惨めな境遇になったこと、華々しい青春を謳歌できなかったことは、完璧主義の私の心にトラウマのように刻印されました。
それ以来、私は「何が良くて何が悪いかなんて、偶然決まることだから、事前に何か準備するのは意味がない」と思うようになりました。
この「友人ができないコンプレックス」は大学に入ってからも、また学校を卒業してからも、20代の後半ぐらいまでずっと続きました。
いつしか、「今の自分は本当の自分ではない。今の人生は本当の人生ではない。」という思いが頭の中から離れなくなり、「同じ高校を受験して高校生活を一からやり直す」という夢を何十回も見ました。
もう20歳を過ぎているのに高校を受験するのです。で、合格するのです。
そしてもう一度高校生をやり直すのです。
夢の中では大学にも通い直しました。
要するに「人生をやり直したい」という思いが、10代後半から10年以上にわたって私の頭の中を支配していたことになります。
こんな調子のまま、やがて大学も卒業し、ゲームのルールを理解しないまま、とある会社に就職してしまいました。
ゲームのルール…
就活のルールもそうですし、新卒一括採用という雇用慣行のルールもそうですし、一度レールから外れると復帰が極めて難しいというルールもそうです。あるいは自立して社会生活を営み、異性をゲットするためのコミュニケーションゲームに参加する、というルールにしてもそうです。とにかく、自立して生きるためのルールを全く理解しないまま20歳を過ぎてしまい、社会人になってしまった。
この状態で仕事が長続きするはずがありません。
結局私は1年で仕事をやめ、その後ニートとフリーターの中間ぐらいのところをウロウロしながら、またしても無為に数年間を過ごすことになります。
つづく。