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「月球儀」&「芭蕉座」  俳句を書くメゾソプラノ山本 掌のブログ

第四句集『月球儀』
「月球儀」俳句を支柱とした山本 掌の個人誌。

「芭蕉座」は芭蕉「おくのほそ道」を舞台作品とする
うた・語り・作曲・ピアノのユニット。
    



俳句を金子兜太に師事。「海程」同人・現代俳句協会会員。

 

 

 

 

 

 

 

俳人・金子兜太

 

1919年9月23日 秩父生まれ。

 

 

兜太先生、この映画の中に生きておられます!

 

本田博太郎の兜太句の朗読、

 

なんと厚み・底力のある声か。

 

DVDになっています。

 

 

監督・脚本:河邑厚徳

 

語り:山根基世

 

朗読:本田博太郎

 

 

予告編

映画「天地悠々-兜太・俳句の一本道」予告編 (youtube.com)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水脈渡る白曼珠沙華の行方かな          掌 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅に雨わたしも葡萄も真青なり        掌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨匠リッカルド・ムーティ指揮による

 

ヴェルディ作曲 オペラ「アイーダ」。

 

東京・春・音楽祭2024「アイーダ」、

 

ハイライトをクラシック音楽館で観ました。

 

演奏会形式でオーケストラはステージの上、

 

その前にソリストが並びます。

 

ヴェルディの音楽がいっそう明確に響いて。

 

 

もうもう、ムーティ―の指揮、

 

前奏曲の最初からなんと緻密で、

 

緊迫感にあふれていることか。

 

帝王ムーティのヴェルディ―へのリスペクトが

 

ほとばしって、それが終曲まで揺るぎない。

 

春祭のオーケストラの響き!

 

 

歌手ではなんといっても

 

アムネリスのユリア・マトーチュキナ!

 

この「アイーダ」では仇役のエジプト王女・アムネリスがドラマの鍵。

 

第4幕のラダメスとの対決の場、

 

裁判の場でのその怒り、その絶望が

 

あますことなく歌われ、

 

このコンサートでの一番の聴きどころでした。

 

 

 

 

東京・春・音楽祭 ムーティ指揮「アイーダ」
ヴェルディ:歌劇「アイーダ」(演奏会形式上演、日本語字幕付き)

 

 

指揮:リッカルド・ムーティ


アイーダ:マリア・ホセ・シーリ


ラダメス:ルチアーノ・ガンチ


アモナズロ:セルバン・ヴァシレ


アムネリス:ユリア・マトーチュキナ


ランフィス:ヴィットリオ・デ・カンポ
エジプト国王:片山 将司
伝令:石井 基幾
巫女:中畑 有美子


合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:仲田 淳也


管弦楽:東京春祭オーケストラ
コンサートマスター:郷古 廉

 

4月17日(水)14:00 東京文化会館大ホール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曼珠沙華こむらがえりがまたかすめ        掌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆曼珠沙華・彼岸花・死人花・幽霊花・

 

天蓋花(てんがいばな)・捨子花・狐花



ヒガンバナ科の多年草。


秋の彼岸に真っ赤な花をつける。


曼珠沙華は梵語で赤花の意味である。



鱗茎は有毒であるが、砕いて水に晒すと


非常食になる。



秋の季語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初・曼珠沙華を見ました!

まだ4.5本ですが、咲きはじめて。

今年はちょっと早いような。


曼珠沙華というと塚本邦雄のこの短歌。

 
   いたみもて世界の外に佇つわれと

        紅き逆睫毛の曼珠沙華
           
      (さかさまつげ) 




曼珠沙華はさまざまな名をもっています。

いわく、彼岸花・死人花(しびとばな)幽霊花

捨子花・狐花 ・天蓋花(てんがいばな)

墓場に多く生えるとか、

畦にあって、かつて飢饉のおり非常食になったとも。



ですが、こんなことも、あるとか。

「曼珠沙華は仏教で伝説上の天の花。

サンスクリット語 manjūṣakaの音写。

純白で,見る者の悪業を払うといわれ、

天人 が雨のように降らすという。

日本ではヒガンバナと呼ばれ鮮紅色の花を咲かす」。

 

 

 

 

 

 







白い曼珠沙華、花屋さんにありました♪

 

黄色もあるんですって。見たいなぁ。

 

 

 

 

 

 













































 

 

 

 

 

 

 

 

笙(伶楽舎)の方と

催馬楽(さいばら)※を演奏しました。

 

歌(メゾソプラノ)と笙で

ああか、こうかと試行錯誤。

 

新たに構成して上演しました。

 

 

曲は「伊勢之海(いせのうみ)」と「更衣(ころもがえ)」。

「伊勢之海」はあの『源氏物語』の須磨明石で登場しています!?

つれづれに管絃の遊びのおり、

 

あの<光源氏>がうたった曲です!

今から千年以上も前の曲を自分の身体(しんたい)をとおし、

<声>で歌いうという、

なんという不可思議・・・



明治選定譜>という催馬楽や朗詠などを

五線にして書いた楽譜が明治につくられ、

 

その楽譜でうたいました。

 

が、
 
オペラや声楽曲をうたうベルカントとは

まったく異なる唱法のようで、

呼吸がひじょうに難しい。

 

息が逆流するかと思いました!?

 

 

そうそう、ステージでの装束(しょうぞく)は

 

狩衣(かりぎぬ)にいたしました。

狩衣は平安朝のメンズカジュアルで、

実際に狩りの時など、袖の紐をしぼると

ぐっと活動的になります。

 

『光る君へ』の打毬(だきゅう)のシーンで着ていました。

 

 

このときは指貫(さしぬき)ふうのパンツでヒール。

 

烏帽子はかぶらなかったので、ナンチャッテ装束かも(笑)。

 

 

画像手にもっている楽器は笏拍子(しゃくびょうし)
    https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc22/naritachi/gakki/da5.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


   伊勢之海(いせのうみ)



伊勢の海の 清き渚に 潮間(しおがい)に

なのりそ神馬藻や摘まむ 

貝や拾はむ 玉や拾はむ




   更衣( ころもがえ)

ころも衣がへせんや 

しゃ公達(きんだち) 

我がきぬ衣は

のはらしのはら野原篠原 

萩のはなす花摺りや しゃ公達や



 

 

                      ※催馬楽

 

催馬楽というのは平安時代に中国から雅楽が日本化する時、

各地の民謡、わらべうた、風俗歌を編曲した歌曲で、

その語源は、馬子が馬を引きながら歌った歌といわれいます。
 
宮廷や貴族社会の<管絃の遊び>でもてはやされ

「枕草子」「源氏物語」にも書かれています。

現在は宮内庁樂部が伝承し、

千数百年におよび<生>の音楽が

伝えられているのは驚くべきことです。
 
催馬楽の編成は斉唱と、

琵琶、笙、篳篥、竜笛、筝の雅樂のオーケストラで合奏されます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

「高崎兜太句会」2016年9月です。

 

 

 

兜太先生、はやばやと到着。

このところJR新幹線の時刻表がかわって、

次だと遅れてしまう、とか。

来月から15分早めに始めることとなった。



句会の前にお話し。

前日、中村草田男「萬緑(ばんりょく)」の解散に

立ち会ってこられたとのこと。



兼題は「水田(みずた)」。

6月にこの句稿を提出しているので、

いまの季節とはそぐわない(笑)。

三句&問題句を一句選えらぶ。

今回はわれて、まずは5点の


   月を抱く水田一枚ずつの物語


私も選びました。

ちょっとあまいかとも思うが・・・

兜太評:素朴な句。

     「月を抱(だ)く」ではなく「月抱(いだ)く」とすると

     平凡の非凡となる。


問題句のみで6点となったのはこの句。


   没頭すわたし秘かに棚田です


この句も選んだ。

兜太評:「没頭するわたし」と読む。

     なにかに没頭して不安、孤独な状態、

     「棚田」におちいった状態、自分は棚田的存在。

     平坦な田でなく、立体的な「棚田」であるのがよい。


兜太先生、今月の句の評価、点数で示された。


私、どうも「水田」「青田」などは苦手で、

今月は<無事通過>で終って(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

松井今朝子『一場(いちじょう)の夢と消え』文藝春秋 2024年

 

あの近松門左衛門を描いた大作。

 

 

近松の『曽根崎心中』『冥途の飛脚』『国性爺合戦』『女殺油地獄』などなど、

 

文楽、歌舞伎で今も上演されつづける名作を書いた

 

江戸の大劇作家です。(「日本のシェイクスピア」とも言われる、とか)

 

 

戯作者、役者、舞台にかける者、そのまわりの人々。

 

<芸>に生きる覚悟が、

 

その虚々実々、

 

その生きよう、

 

その息遣いまでもリアルにつたわって、

 

みごとな小説となって。

 

 

もう、一気に、読んでしまいました♪

 

 

美しい桜の装画は加山又造。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

その名声と知名度にもかかわらず近松を主人公とした小説は意外なほど多くはありません。
それもそのはず、生涯に150を超える作品を書いたとされる近松を十全に描こうと思えば、史料の渉猟だけでも気の遠くなるような大変さ。なにより、演劇や作家稼業の表も裏も知り尽くさなくては日本の近世演劇のベースを築いた男を生きた小説にすることは叶いません。その意味で、いま近松を描くには松井さんを措いて他になしと言えるのかもしれません。
しかし想像以上の大変さで、松井さんでさえも連載中に音をあげそうになったほどとか。それでもご苦労の甲斐もあり、出来あがった作品を読めば、単に近松の生涯が分かるという以上に、いまでがリアルに耳朶に響くようです。
近松小説の決定版という言葉だけでは足りない、芸道に生きる者のたちの境地を描ききった芸道小説の最高峰といえる本作。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はつあきや前衛的な豚である        掌