平野啓一郎『本心』2021年 文藝春秋刊
「--母を創って欲しいんです」
小説はこのフレーズから始まる。
2040年、29歳で母を亡くした息子・朔也は
母一人、息子一人の母子家庭。
その背景は
「自由死」が合法化された近未来の日本。
最新技術AIを使い、
生前そっくりの母VF(ヴァーチャル・フィギュア)を再生させた息子は、
「自由死」を望んだ母の、<本心>を探ろうとする。
その母の生前の友人だった女性・三好、
かつて交際関係のあった老作家・藤原亮治を訪ねる。
その人たちから語られる、
まったく知らなかった母のもう一つの顔。
平野の分人主義で語られる<母>。
この小説で唯識的ヴィジョンにが深く美しい。
ヘッドセットを装着して三○○億年という宇宙の時間スケールのなかで
「死後も消滅しない」未来を体感する、その宇宙の描写のリアリティ。
そこでは
<「本当の自分」や肉体の「輪郭」はなく、自分が
「元素レヴェルでは、この宇宙の一部であり、つまりは宇宙そのものになる」>p340
「すべてのものは、それが物であれ、人間であれ、現象であれ、
因と縁が関係しあうことで、たえず変化する。
生じ、とどまり、変化し、滅する」
「死の自己決定」「貧困」「社会の分断」を鋭く描写し、
この作品を読み終えて、
ふたたびプロローグにもどると、
「時間と不可分に生きている人間は、
その存在がそのまま貴重だ。」