◇ザルツブルク音楽祭2021 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」 モーツアルト作曲
2021年8月の公演を録画で観ました。
歌手たちの歌唱や演技はもちろんのこと、
テオドール・クルレンツィス指揮が率いる
管弦楽・合唱:ムジカエテルナの素晴らしさ、
さらに演出・美術・衣装・照明をつかさどる
ロメオ・カステルッチが凄い!
哲学的ともいえる、
傑出した舞台ではないでしょうか。
1幕冒頭、
舞台は教会の内陣。
ここにある十字架を取り壊し、
画像を剥がし、聖人の像を墜落させ
信者のベンチを運び出す。
なにも無くなった空間を1っ匹の牡山羊が横切ってゆく。
神のいない世界の物語、と言っているのでしょうか。
ここでやっと<序曲>が始まる。
管弦楽のムジカエテルナ、
現代的なオーケストラになじんだ耳には
ハッと思えるまろやかな音色。
惹かれました。
白を基調とした舞台は
1シーン、どの1場面もうつくしい。
時代は特定されされませんが、
ドンジョバンニとレポレッロは主従でありながら
真っ白の三つ揃えの衣装で、
髭も同じで、相似形。
レポレッロも立場が変われば、
「ドン・ジョバンニ」となんら変わることのない<男>。
例の「カタログの歌」ではコピー機と
そこから黒々とした髪がこの異界を垣間見させて。
ドンナ・アンナは黒のドレス、
騎士長、こちらも白の三つ揃え。
村の結婚式でのツェルリーナ、
透明感のあるアンナ・ルチア・リヒターが愛らしい。
そのツェルリーナも式の当日にドンジョバンニに靡いて。
彼女の背後にヌードがいて、
内面の欲望を象徴するかのよう。
他のシーンでも黒子が深層心理をになって。
「お手をどうぞ」の二重唱、
2幕の「ぶってよ、マゼット」のアリアはとってもチャーミング。
2幕ではひかりの交響。
その中を1003人とはいわないまでも、
少女、娘、若い、中年、老年の年齢、
容貌、さまざまな体型の女性が
舞台にずらりと並ぶのはまさに壮観。
こんなにたくさんの<女>をものにしてきたのか、と
一瞬で観客に伝える。
墓場の場面もすっぽりと頭を覆ったフードと
マントが墓石や木々となって。
さらにドン・ジョバンニの「地獄落ち」は凄まじい。
白い紗幕(これが結界になって)、
そこにあくまで改心をしない
ドン・ジョバンニに鉄槌が下り、
地位も身分も権力も剥ぎとられ、
あがき、もがき、のたうつ。
白い泥濘が裸体を汚してゆく。
(カーテンコールでは顔も落としきれなかったのか、
タイトルロールがガウンとサンダル!?)
<漁色>という苦行をしているかのようにみえてきたドン・ジョバンニ。
<男性性>、<女性性>、
その狭間にある<情欲>。
このドン・ジョバンニにあるのは
<愛>でも<情>でもなく<肉体>、
その<数>でしかない。
カタログの歌にしても、
「明日には10数が増える」というのがじつに意味深い、かと。
もう手にできるものは
肉体の<数>のみという
こんな虚無の日日は
すでに煉獄なのかもしれない。
と、いったことなどなどを考えさせる公演でした。
ダルカンジェロのもう肉食系のドン・ジョバンニにとは
まったく対照的、いえ極北ではないか、と。
こんな密度の濃い、思索的な
「ドン・ジョバンニ」観たことがない!
それにしても、
モーツアルトの音楽は
かぎりなく美しく、
そして強靭。
舞台画像 新作オペラFLASH 2020/21[ザルツブルク音楽祭]ドン・ジョヴァンニ | 月刊音楽祭 (m-festival.biz)
【出演】
ドン・ジョヴァンニ:ダヴィデ・ルチアーノ
騎士長:ミカ・カレス
ドンナ・アンナ:ナデジュダ・パブロワ
ドン・オッターヴィオ:マイケル・スパイアーズ
ドンナ・エルヴィーラ:フェデリカ・ロンバルディ
レポレッロ:ヴィート・プリアンテ
マゼット:ダーヴィト・シュテフェンス
ツェルリーナ:アンナ・ルチア・リヒター
管弦楽・合唱:ムジカエテルナ
男声合唱:ザルツブルク・バッハ合唱団
指揮:テオドール・クルレンツィス
演出・美術・衣装・照明:ロメオ・カステルッチ
収録:2021年8月4・7日 ザルツブルク祝祭大劇場(オーストリア)
(画像はザルツブルグ音楽祭からお借りしました)