井を晒すくちびる死より青かりき 加藤かけい
山本 掌
井戸を晒す
あの井戸を
<筒井つの井筒にかけしまろがたけすぎにけらしな妹見ざるまに>
<くらべこしふりわけ髪も肩すぎぬ君ならずしてたれかあぐべき>
歌い交わしたあの井戸を
髪はもう腰をすぎた
井戸には日ごと夜ごと
夜ごと日ごと
通った
水面(みなも)に映るおもかげふたつ
さざなみに
ゆりゆられ
ゆうらりゆらり
ゆがみ
あるいは臈たけて
ときに
貌はひとつに重なり
水は
ひいやりと鎮もり
「おいで、おいで。さあ、ここに」
誘い誘われ
すでに
水に棲む
かの刻(とき)より
オンデイーヌともオフィーリアとも人は言う
水の闇
時刻(とき)は流れることはない
永劫を刻むかに
やわらかに
ひたひたと
暗く
存在(あ)る
ひとは言う
ときおり
くちびるがある、と
かつては真紅(くれない)
いま
きわやかに蒼い
その死より青白(あお)いくちびるが
水鏡に
たゆっている、と
昨日
井戸は埋めた
と聞く
◆ 井を晒すくちびる死より青かりき 加藤かけい
この句を詩へ。
加藤かけいの句に魅せられ、
おのずと言葉が手繰り寄せられた。
「月球儀」創刊号に載る。