萩原朔太郎の詩碑は前橋市内に点在している。
その「帰郷」に会いに行ってきた。
前橋敷島公園、松林のなかの薔薇園にある。
「帰郷」の始めの六行が彫琢され、
その字は朔太郎のペン書き。
帰郷
萩原朔太郎
昭和四年の冬、妻と離別し二児を抱へて故郷に帰る
わが故郷に帰れる日
汽車は烈風の中を突き行けり。
ひとり車窓に目醒むれば
汽笛は闇に吠え叫び
ほのほ
火焔は平野を明るくせり。
まだ上州の山は見えずや。
夜汽車の仄暗き車燈の影に
母なき子供等は眠り泣き
さぐ
ひそかに皆わが憂愁を探れるなり。
鳴呼また都を逃れ来て
いづこ
何所の家郷に行かむとするぞ。
過去は寂寥の谷に連なり
未来は絶望の岸に向へり。
されき
砂礫のごとき人生かな!
われ既に勇気おとろへ
とこし
暗憺として長なへに生きるに倦みたり。
いかんぞ故郷に独り帰り
さびしくまた利根川の岸に立たんや。
汽車は曠野を走り行き
自然の荒寥たる意志の彼岸に
いきどほり
人の憤怒を烈しくせり。
「氷島」(1934年刊)より
この詩碑は1955年5月、
13回忌に設置され、
1983年9月現在地へ移転した。
◆詩篇小解
帰郷昭和四年。妻は二児を残して家を去り、
杳(よう)として行方を知らず。
我れ独り後に残り、蹌踉(そうろう)として
父の居る上州の故郷に帰る。
上野発七時十分、小山行高崎廻り。
夜汽車の暗爾(あんじ)たる車燈の影に、
長女は疲れて眠り、次女は醒めて夢に歔欷(きよき)す。
声最も悲しく、わが心すべて断腸せり。
既にして家に帰れば、父の病とみに重く、万景悉く蕭条たり。
前書き、あとがきが付く。