大田区学童兄妹(+弟)の野球日記~努力が報われるその日まで~ -13ページ目

大田区学童兄妹(+弟)の野球日記~努力が報われるその日まで~

 2021年度更新)東京の野球一家家長のブログ。
子供3人ともに大田区軟式学童から野球を初め、長男は元高校球児 の大学2年で現在草野球中。長女は高校では新潟県の開志学園に進学し、女子硬式野球部に所属するJK3年。次男は常にフルスイングな小学4年。

こんにちわ。トーです。

六年生として、スキーに行ってきました。
これが、最後のイベントになります。

場所は、『パルコール嬬恋スキーリゾート』。
1泊2日のスキーイベントです。


総監督の計らいで、毎年Aチームの子供たちが参加しています。
今回は人数に余裕があったため、元々私のチームにいた子供たちを中心とした現五年生も6人ほど連れて行くことになりました。

野球漬けの子供たちは、スキーの経験は乏しく、初心者~ほぼ初心者の子供が大半。
一緒に連れて行った我が子も、スキー場自体初めての経験です。

総監督に加えて、息子さんに、そのお友達三人で子供たちにスキーを教えてくれます。
勿論、参加する母たちにも教えてくれます。

子供たちの凄い所は、午前の練習で、大半が午後から滑れてしまうこと。
どちらかと言えば不器用な我が子も午後には普通に滑ることができていました。



二日目は、上手な子数名はゴンドラにチャレンジ。
普通に滑るkとができる子供たちは、距離の長い中級~初級ゾーンで滑ります。

二日目が終わるころには、全員が滑れるようになっていました。

やっぱり子供ってすごい!!

ちなみに、私のみボード。
12年振りの雪山は、体中が悲鳴をあげています(笑)





こんにちわ、トーです。
1/13(日)に中学部・小学部合わせて新チームで初詣を済ませました。
今年中1になる選手たちの中には、私が見ていた子供たちもいて、私も30番を着けない初詣が初めてだったりして。
なんだか新鮮な初詣でした。

初詣を終え、母たちが作る豚汁を食べれば、いざ新春練習モード。

新たにてっぺんを狙いに行きます。


さて、話は変わり、昨日の成人式は雪でした。
なんでも、成人式に雪が降ったのは1998年以来ということでした。

その時私は、20歳。
そう、成人式だったんですね(笑)


雪降って、見事にぶっちしました。

今年成人式を迎えた新成人は記憶に残る成人式になったことでしょう。



あけましておめでとうございます。トーです。
拙いブログも3年以上続き、監督という重責からも解放されました(笑)
今年からは、息子がいる新Aチームでコーチとしてお世話になります。

少なからずとも、これまでの経験が新チームのスタッフや選手たちの役に立てばと思います。

さて、早いもので、2013年も7日目ですね。
この土日に新年の練習をスタートしたチームも多いことでしょう。

昨年の今時期に何を考えていたかなぁ・・・と思い、ノートをめくってみました。
この時期は練習計画の見直しと目標設定をしていました。

練習計画は、前年の試合を終えてから、6年生でてっぺんを取るために立てた春までのメニューや戦略です。
チームそれぞれであると思いますので割愛しますが、自身で最も大切にしたのが目標設定。

心・技・体の「心」の礎となる部分です。
これは、監督やコーチだけが願っててもしょうがないもので、いかに選手たちに腹落ちさせるかが重要です。
腹におちていなければ、平日の自主練習も成果が得られず「ただやっている」だけで終わってしまいます。
逆に、腹に落とし込むことで、強く目標を願うことになり、日々の練習や苦しい試合展開に耐えることができます。


新チームは、元気なく劣勢に弱いチームです。
この部分を淘汰するための目標設定をすることから始めようと思います。


こんにちわ。トーです。
すっかりオフシーズンとなり、なんだかご無沙汰な感じですみません。

先日、うれしいことがありました。

Aチームは今年、六年生10人のみで登録して戦ってきました。
しかし、春の大会を終えるとすぐに、一人の選手から、受験のため退団したいとの意志を<改めて>伝えられました。

新チームになってすぐに、この話はしていました。
両立をめざしましたが、やはり根っからの野球好きな彼は、勉強に身を入れることが難しかったようで、成績も振るわず苦渋の選択をしました。

実質9人でも、10人で一年を戦うと決めた以上、彼の登録は外しませんでした。
小学生は、ケガや病気がいつ出るかわかりません。
普段の練習から予防策を講じていても、学校でもらう病気や、休み時間に遊んでいてケガをするケースもあります。
だから、彼の登録は外しませんでした。

チームがピンチの時に助けにくるという約束のもとに・・・。


秋の大会で、ピンチはありました。
そして彼は、約束通り助けに来てくれました。

彼を試合に出すことは、チーム内の父兄から賛否両論あったと思います。
彼が出る状況があったから、2回助っ人に来て、2回とも出しました。

1回目は、9人の選手のうち、集合時間に遅刻してきたから。
2回目は、9人の選手のうち、一番タイミングがあっていないから。

2回目の時、結果的に彼らの最期の試合になってしまいました。



監督として、最良の選択をしたと思っています。
特に2回目は、準決勝、決勝と進むことを最優先にしたための選択です。

勝ち負けよりも大切にしてきたことはありますが、最後は勝ちにこだわった結果です。



さて、少々長くなりましたが、その受験でほぼ退団状態にあった選手が、学校で書いた標語です。

『野球やめ、たいくつだった休みの日 助っ人で呼ばれワクワクしている』


こんなことを思って、来てくれたんだなぁと思うと、これがボクらがやってきた意味なんだと。
そう思いました。




こんにちわ。トーです。

毎年恒例のAチーム卒団イベントが、去る12月9日に開催されました。
好天にも関わらず、強風低気温な1日でしたが、六年生を送り出すために、選手保護者、スタッフで100名を軽く超えるイベントです。


低学年から、親子に分かれて試合開始。
その横では、焼き鳥やおでんなどの準備がはじまります。
今年は六年生の監督ということもあり、娘や息子をかまってあげられなかったので、今日ばかりは相手チームに入って、対決を楽しませてもらいました。



今日はその締めくくり。
監督として、最後の采配は感慨深いものがありました。
親子の対決一人一人を見ながら、これまでの思い出がフラッシュバックのように頭に浮かびます。


この日行われる最終戦は、Aチーム VS スタッフ の試合。
2回の守備ではピッチャーとして投げました。
構える子供たちを見るとあふれるものがあります。我慢我慢と言い聞かせるもグっと来るものがあります。


そして、総仕上げに、卒団生からの挨拶。
私からも一言挨拶させていただきましたが、彼らが巣立ってく嬉しさと、寂しさが入り混じる複雑な気持ちに言葉を詰まらせてしまいました。
もう、何を言ったか覚えていません(笑)



2009年11月に彼らの監督となり、3年と1か月の月日が経ちました。
叱咤激励を受けながら歩んだ3年と1か月。
子供たちの成長を間近で見られた3年と1か月。
お金では買えない経験をさせてもらった3年と1か月。


彼らが巣立ったあと、来年はコーチとして我が家の長男がいる新Aチームに降ります。
私が培ってきたことを、新Aチームに伝えられればと思っています。


ありがとう、選手たち!
8年後に飲もう(笑)

2012年Aチーム