2005年2月25日、埼玉県野球協会の代表者会議でレジェンズの加盟が承認された。

一年半に亘る活動をしっかり評価してもらい、ひと安心。

選手登録や大会出場に関する書類は煩雑で、以後毎春たいへんな時間を割くことになるのだが、そのおかげで市民球場での公式戦に出られるわけだ。


嬉しいことに埼玉県は大会が多い。

全調布時代所属していた東京都は年間3大会だが、埼玉県は6大会もある。


これは近隣の東京都や神奈川・千葉県に比べて社会人が使える球場が多いためだろう。

全調布にいた頃は府中球場でしかやったことがなかったし、他に使えるのは大田スタジアムくらい。

高校野球で使われる球場は思い浮かぶだけでも10個以上あるのにね。

これでは大会を増やすことはできない。


埼玉県ではこれまで8つの球場で公式戦を戦った。

使える球場が多いおかげで、クラブチームにやさしい土日開催の試合がほとんどである。


鷺宮製作所狭山でプレーしたことで知った埼玉県社会人野球の良さは、間違いなくレジェンズを立ち上げるモチベーションのひとつになっていた。


さて、初陣となった3月末の“さいたま市長杯”では、全大宮に15-3で7回コールド勝ち。


投げては自由の森のエース・塗矢と東北大会に出場した福島県小高工のエース・猪狩が共に自責点ゼロの好投。

打っては早稲田実業の後輩・北村の先制タイムリーから始まり、これまた自由の森OB・佐竹のスリーランや、元全調布キャプテン・仲本の三塁打を含む4安打、創価OB・前野と所沢商OB・佐藤の二塁打、岩手県宮古OBで10年ぶりに硬式を握った二越や所沢商OBで捕手として兄の投球をリードした塗矢風布もヒットを放った。


様々な球歴を持った選手が様々な思いを胸に集ったレジェンズ。

思わぬ大勝となった公式戦デビューは、一年半の下積生活へのご褒美だったのかもしれない。