9月22日、6日目。

クーパースタウン・モーテルで目覚めた朝、まずは【ダブルデイフィールド】 を訪れた。


三井健聖の野球生活-doubleday field 01


三井健聖の野球生活-doubleday field 02


三井健聖の野球生活-doubleday field 03


三井健聖の野球生活-doubleday field 04


この球場の名前は、南北戦争 で北軍の将軍だったアブナー・ダブルデイ に由来する。


1907年、野球起源調査委員会(ミルズ委員会)は2年間の調査の末、「野球は1839年にニューヨーク州クーパースタウンでアメリカ軍人のアブナー・ダブルデイによって考案された」とする最終報告書をまとめた。


●野球はイギリスに起源を持つものではなく、アメリカ固有のスポーツである。

●のちに南北戦争の英雄となる青年が、その故郷で考案した立派な競技だ。


まさに、当時【ナショナル・パスタイム】(国民的娯楽)と呼ばれた人気スポーツにふさわしい誇り高き起源だ。


しかし、この説には多くの矛盾があることがしだいに明らかになる。

その中でも決定的なのは、ダブルデイによって野球が考案されたとされる1839年当時、彼は陸軍士官学校にいてクーパースタウンにはいなかった、という事実だった。


現在“野球の起源”として有力な説は、1845年にアレキサンダー・カートライト という青年が考案し、ニューヨーク・マンハッタンのマレーヒルという場所で仲間たちとプレーをはじめたというもの。

翌1846年6月19日、ニュージャージー州ホーボーケンで最初の対外試合が行なわれたことから、そこが“野球発祥の地”とされていることは既述のとおりだ。→「聖地巡礼(5) ホーボーケン」




さて、【野球殿堂博物館】のほうはというと・・・


三井健聖の野球生活-hall of fame 01


厳かです。


三井健聖の野球生活-hall of fame 02


史上最高打者のプレート。


三井健聖の野球生活-museum 02


テッド・ウィリアムスのコーナーはこれだけ?


三井健聖の野球生活-museum 04


1999年、ボストン・フェンウェイパークで行なわれたオールスターゲームのセレモニーで「ベースボール・レジェンド」と紹介されたテッドの写真。

実は社会人クラブチーム「レジェンズ」 のチーム名の由来でもある。


三井健聖の野球生活-museum 03


僕が大好きなノーマン・ロックウェル のイラストも。


そして、ここに来たらぜひ見たいものがあった。

それは1934年にクーパースタウンの隣町・フライクリークの農家の屋根裏から発見されたという古い野球ボールだ。

これがなぜかダブルデイたちが使ったボールとされ、クーパースタウンが野球発祥の地である証拠のひとつとされている。

人呼んで“ダブルデイ・ボール”


三井健聖の野球生活-doubleday ball


今となっては何とも胡散臭いこの証拠品をぜひ拝みたいと思っていたのだが、どこを探しても見つからない。

職員のおじさんに聞くと、そのボールはかなり壊れやすいので(もう壊れているのだが)、今は倉庫に保管してあるとのこと。

「代わりにこれを見て行け」と言って案内されたのがこの展示↓


三井健聖の野球生活-museum 01


説明には“試合で使われた実在する最古のボール”とある。

まあ、こっちのほうが貴重な品であることは間違いないが、「何と言われようとここが野球発祥の地なんだ」という気概をぜひ見せてほしかった。

残念!


また、根本的なことを言うと、思ったほど建物の規模が大きくなく、本場アメリカの野球博物館というにはかなり物足りなかった。

日本人選手に関する展示が皆無に等しかったのは明らかに床面積が不足しているからで、もっと多くの所蔵品を常時展示できるスペースがほしいものだ。

テッド・ウィリアムスやノーラン・ライアンのコーナーをもっと充実させると同時に、王貞治コーナーぐらいは常設すべき。

かつてフロリダ・ヘルナンドにあったテッド・ウィリアムス博物館&打者殿堂 (現在はレイズの本拠地・トロピカーナフィールドに移転)のほうが、数段印象深いと感じるのは僕だけか?


博物館を出ると、前の通りにはスーベニアショップが軒を連ねている。


三井健聖の野球生活-cooperstown 01


レンガ造りにレトロな庇。


三井健聖の野球生活-cooperstown 02


↑やはりキャップやTシャツが多いが、なかにはこんなレアなものを扱う店もある。


三井健聖の野球生活-cooperstown 03


ひと通り店をまわってお土産を購入。


昼過ぎにクーパースタウンを出て、ニューヨークへ向かった。


ミルズ委員会がでっち上げた“ダブルデイ神話”によって作られた野球発祥の町は、僕にとっては“野球殿堂がある町”で、それ以上でもそれ以下でもなかった。

加えて博物館が前述のとおりだったから、一度は行ってみたいが、二度も行く必要はない場所だと感じた。

もちろんそれは、人も水も空気も良い田舎町の価値を何らおとしめるものではないのだが・・・。