毎朝ホテルからホワイトソックスのロゴ入りバスでコンプレックスに向かい、ロッカールームで着替えたら壁に貼ってあるその日のスケジュールを見る。
スケジュールの横にはキャンプ参加者の名簿があり、徐々に名前が消えていく。
ここは戦いの場なのだ。
とはいっても、僕の周りにはいい人間が多かった。
マイク・ラム はホワイトソックス・マイナーの打撃部門を統括する責任者。
昔大洋ホエールズ(現横浜ベイスターズ)でプレーしたことがあって、毎朝「オッス!」と声をかけてくれた。
マッケイ・クリステンセン は日本語ペラペラの外野手。
コーチの指示など親切に訳してくれた。
なんでもモルモン教の宣教師として日本で布教活動をしていたそうだ。
スコット・タカオは日系人トレーナー。
何度か彼の車で買い物に連れて行ってくれた。
BGMはいつも、彼が大好きな堀内孝雄の曲だった(フロリダで聴く堀内孝雄は渋すぎた)。
洗濯係の青年は三沢基地で働いたことがあると言っていた。
ユニホームの出し方を丁寧に教えてくれた。
選手の中でも黒人たちがよく声をかけてきた。
「みんなひとりで寂しいんだ!なんでも相談してくれ!俺たちはブラザーだ!」
(僕、そんなに寂しそうですか?)
僕の背番号【42】は黒人初の大リーガー“ジャッキー・ロビンソン ”がつけたもので、アメリカ野球界ではマイノリティの象徴。
球団も粋なことをするが、それを見て黒人たちもシンパシーを感じたのかもしれない。

