僕は泣いていた。

おんぼろアパートの照明がかすんで揺れていた。

1995年11月22日、日本プロ野球ドラフト会議の指名選手の中に僕の名前はなかった。

指名されないことは数日前からわかっていた。

25歳という年齢がネックだそうだ。

しかし実際にその日が来てみると、もう二度とないであろうチャンスを逃した悔しさと、これまでの努力が報われなかった失望感から、自然と涙が溢れてきた。

長い間野球をしてきたが、選手として流した涙はこの一度だけである。

本当に悔しかったのだ。