社会人二年目の都市対抗予選終了後、東京チームへの移籍を希望したが受け入れられず、退職してプロのテストを受けることにした。

たった一年四ヶ月の在職だったが、すでに24歳の僕には時間がなかった。

就職後、使うあてもなく貯まっていた貯金を切り崩しながらその夏を過ごし、秋の入団テストを受けた。

巨人、日本ハム、ダイエーと、いずれも最後の数人には残るが不合格。

こうなると、アルバイトをしながら練習して一年後のチャンスを待たなければならない。

月~土曜日は警備や清掃の仕事を掛け持ちしながら自宅近くの高校野球部で練習させてもらい、日曜日は「全調布」でプレーした。

“フリーター”生活のはじまりだった。