高校は早稲田実業を選んだ。

 

やはり王選手の母校で野球がしたかった。

 

入学当初は目にする先輩のプレーに只々圧倒されるばかり。

 

それでも数ヶ月経つと、一年生の中から何人かがフリー打撃で守備についたり、最後に打つ機会を与えられる。

 

そのフリー打撃で、和田監督(故人)が僕にサードに入るよう指示した後

 

「(荒木)大輔もはじめはサードを守らせたんだ」

 

と語ったことや、小沢コーチ(大輔さんと共に5季連続甲子園出場の名セカンド・故人)が僕のライナー性の柵越えを見て

 

板倉二世だ」(板倉さんの凄いホームランはリンク動画の4:10あたり)

 

と言ったことなどは、本人だけが覚えている逸話としてここに紹介しておく。

 

しかし、その後約2年間の最高打順は5番。

 

守備は、バッテリー以外すべて経験するという器用貧乏ぶり。

 

振り返れば辛いことばかりだったが、甲子園に出るチームにいられたこと、そしてその舞台でフル出場できたことが僕にとって大切な宝物だ。

 

早稲田実業では伝統校のプライドを学ばせてもらった。

 

三井健の野球生活-hamamatsu

2年春の浜松遠征(後列右から5番目)

 

三井健の野球生活-koushien

3年春の甲子園(後ろに故・和田監督)

 

大会2日目第1試合vs津久見(大分)に8番サードで出場