1983年春、三井家は僕の中学校進学と同時に埼玉県所沢市へ転居した。

今でこそ住みやすくて離れられない所沢だが、浦安での4年間が強烈に楽しかったこともあり、ここでの中学校生活はあまり愉快なものではなかった。


山口中学校では当然野球部に入部したが、部員が多く最初の一年間は走ってばかり。


毎日2時間は走っていた。


二年生になると全国大会への出場経験のある松浦先生が赴任されてチームも強くなり、三年の春には市の大会で優勝。


しかし、個人的には不本意なことが多かった。


エースがサードしか守れなかった為に、二番手ピッチャーでゴロ捕球が苦手な僕もサードをやらされたり、監督の言う“ダウンスイング”に一生懸命取り組んだのに結果が出ず下位に甘んじたり。


野球がつまらなくなっていた。


でも、これもいい経験だった。


おかげで高校では内野をひと通りこなせたし、“ダウンスイング”では打てないことがわかったし。


そして何よりも「野球は細かくて難しいものだ」ということを松浦先生から学んだ。