今季のプロ野球は、史上初めて3位から勝ち上がったロッテが日本一に輝いた。西村監督が掲げたチームスローガンは「和」。みんなが一つにまとまり、史上最大の下克上は完成した。

 日本一を決めた直後の会見。サブロー、井口、今江ら選手は口をそろえた。「勝因は『和』です」

 昨季の球団は、ばらばらだった。バレンタイン前監督の去就を巡り、フロント、選手、ファンが対立。フロントを狙った「怪文書」が出回るなど、球場外での騒動もあった。その影響もあってチームは2年連続のBクラスの5位に沈んだ。

 「チームが違う方向に行ってしまった。正しい方向に持っていくため、基本は、まずはみんなで一つになることだと思った」と西村監督。選手から不満も出ていた「ボビー体制」から180度転換した。

 練習量を増やし、早出練習や居残り練習を解禁。「日替わり打線」をやめて、打順を固定した。さらに、1試合100球がめどだった投手の投球制限も撤廃。登板予定のない中継ぎ陣も、試合中、ブルペンで投げ込んで肩が作れるようにもなった。犠打や盗塁など足を絡めた細かい野球も取り入れ、昨季までの淡泊な打撃がなくなった。

 監督としてのキャラクターも個性が強かったバレンタイン前監督とは真逆。決して派手なことは言わず「やるのは選手」と何度も口にし、“黒子”に徹した。

 チームはすぐに変わった。強力打線を武器に快進撃を続け、4月で首位に立つなど、開幕ダッシュに成功。好調なスタートを切った。しかし、5月に足でチームを引っ張っていた1年目の荻野貴が右膝を痛めて離脱。唐川や小野ら先発陣もけがで2軍落ちするなど、故障者が続出すると、懸念されていた選手層の薄さが露呈した。勢いは止まり、連敗も目立つようになった。

 チーム再浮上のターニングポイントは8月5日の楽天戦だった。6連敗中。重苦しい雰囲気が漂う中、西村監督が判定を不服として審判と衝突し、退場処分を受けた。この試合は負けて7連敗となったが、普段は感情をむき出しにすることの少ない指揮官の姿はナインの心に響いた。

 指揮官も動いた。翌日の試合前、選手を個別に呼んだ。「もう一回、みんなで一つになろう」。普段のミーティングでは「余計なことを言ってもこんがらがる」との思いから、自身は直接、口を開かずコーチを通じて考えを伝えている。指揮官の言葉に、大松は「監督から直接言われて重かった」と奮起した。チームはその日の試合から3連勝。どん底から抜け出した。

 ロッテは、追い込まれてからの強さが目立った。負けられないシーズン最後の3試合で3連勝してクライマックスシリーズ(CS)進出を果たすと、ファーストステージではいずれも九回に同点に追いついて2連勝。ファイナルステージは、1勝3敗のがけっぷちから3連勝し、日本シリーズの切符をつかんだ。西岡は「3位のチーム。負けても失うものはない」と繰り返した。守りに入った上位チームとは違い、選手は伸び伸びとプレーしていた。

 変化したのはチームだけではない。フロントも昨季とは違った。今季は、バレンタイン政権下ではあまり実施していなかったトレードなどの戦力補強を積極的に行った。金銭トレードで吉見を獲得し、7月には、先発候補としてペンを緊急補強した。ペンは日本シリーズで登板し、勝利投手となった。

 心配されたファン離れもなかった。応援団は応援歌を変え、昨季のイメージを一新。オープン戦では声がそろっていなかったが、シーズンに入るころには一体感が生まれていた。チームが強かったこともあり、客足は途絶えなかった。

 西村監督が「みんなで一つになって戦おう」との思いで、考えたスローガンの「和」。選手だけではなく、フロント、ファンにも浸透し、一つになってつかんだ「日本一」だった。(神田さやか)



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