神直日神の神社へ
~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します
導かれるように神直日神(かむなおひのかみ)の神社へ行くと良いという
メッセージを受け取った。
古事記や日本書紀といった日本神話、記紀に登場する神で、神産みにおいて
伊邪那岐命が黄泉から帰って来た際、黄泉の穢れから禍津日神が生まれ、
その禍津日神がもたらす禍(災厄)を直すために、直毘神の一柱として
生まれた神が神直日神で、また、その後、二柱目の神として大直日神が生まれ、
最後に伊豆能売が生まれたとあった。
神直日神が祀られている神社へは、いままで参拝したことがなく、隣の直方市
(のうがたし)に鎮座しているのが見つかった。
次の休みの日に産土神の村社へお参りに行ってから参拝するかどうか決めようと思った。
マップで見てみると、何度も行ったことがあった社会保険事務所の近くで
30分くらいで行けるだろう。
月曜日の朝、村社へお参りに行った後、直方市直日神社へ行きたいと思い、出かけた。
国道200号線経由か幸袋地区、小竹地区を抜けていく道があるが、
先月濱生神社、目尾貴船神社、小竹貴船神社、郷社亀山神社と巡ったことが思い出され、
通ることにした。
それらの神社の近くを通っても何も感じず、また別の日にお礼参りをしようと感じた。
小竹町から直方市に入る手前で、ネットのマップで直日神社を見ていた時に
此処にも貴船神社があったと気になり、踏切手前から右へ曲がり入って行ってみた。
尾崎地区というらしく、何かの工場前に鳥居があった。
その横に敷地があり駐車場らしいので車を止めた。
祓を奏上し参道の石段を上ると、境内左手に尾崎地区公民館があり、
社殿はなく右手に石の祠があった。
賽銭箱がなかったので賽銭の硬貨が置かれてい貴船神社の祠の前に賽銭を置いた。
天津祝詞で禊祓い、神社拝詞、高龗祝詞を奏上した。
左手に石の神体があり猿田彦大神かと思ったが八幡神と刻んであり、
主祭神で祓詞や天津祝詞を奏上したときは、祭神が不明であれば略拝詞、
分かっていれば神社拝詞を奏上するようにしているのだが、
何故か天津祝詞と神社拝詞を奏上した。
それから2柱並んである恵比寿神にそれぞれ神社拝詞を奏上してお参りした。
境内でしばらく佇んだ後、法螺作法を唱え法螺貝を吹き鳴らした。
このブログを書いていて、時に、一々どんな祝詞を奏上したとか、そこまで書く
必要があるのだろうかと思うことがある。
しかしハイヤーセルフは文章として稚拙だとしても、それを伝えよと
思考に出て来るのである。
貴船神社を出て、通りまで出て直日神社へと向かった。
駅前通りと遠賀川河川敷を通る道があり、駅前通りから行ってみた。
ここらへんだったが、と通りから右手の路地を見ながら探してみたが、
どうやら随分手前だったようで社会保険者辺りまでぐるっと回って
路地の裏道から行ってみると小学校裏辺りに鳥居があるのが見えた。
境内が駐車場になっているようで車を止めた。
その横の建物は社務所かと思ったが、塾になっていて社務所ではなかった。
車を降り道まで出て祓いを奏上し鳥居をくぐった。
その時何かが変わり、此処に呼ばれたと感じたのである。
気持ちはウキウキし子供の頃、遊園地や海に来た時のような感覚だった。
賽銭箱に賽銭を入れ、二礼して鈴を鳴らし、住所、氏名、年齢、
初に参りに来た旨を述べた。
天津祝詞を奏上し始めると、後ろに倒れそうになるくらいの神氣の圧を感じ、
畏れ多さを感じた。
高い耳鳴りの中、周りの音が聞こえなくなり、強い風が吹き出した。
大祓詞を奏上し、神社拝詞を奏上した。
二柏手一拝を終えると、社殿裏の駐車場から何やら会話している女性の声が聞こえ、
強い耳鳴りは収まり現実に引き戻されたのを感じた。
神弥栄を祈り、お参りを終えた。社殿横に鳥居があり、行ってみると
貴船神社の銘が刻んであった。
鳥居の祓いを奏上して、鳥居をくぐり天津祝詞、神社拝詞、高龗祝詞を奏上した。
直日神社の祭神は、災厄を祓う神とあったが、そのことは願わず、
ただ神の繁栄と弥栄を祈った。
境内でしばらくぼんやりとし、小学校から聞こえてくる子供たちの声を聴きながら
癒しを感じていた。
社殿方面に気を感じたので法螺作法を唱え法螺貝を吹き鳴らした。
「お礼参りにまいります」と述べると
帰りたくない、ずっと此処に居たいと感じたが、直日神社を出てお参りを終えた。
自分でも分からないながらも、何かを神から受け取り、愛と光のエネルギーを
届けているという宇宙からのメッセージを思い出した。
まあ、確かめようもない難しいことは
あまり考えない方が良いような気がした。
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。
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