釣りに夢中になっていた
~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します
私が釣りを始めたのは子供の頃、当時は駄菓子屋に行って竹竿や糸、針、棒ウキ、
それこそサシ、ハエの幼虫、つまりウジ虫ですが、そういった釣り道具やエサが
一式置いてあって、父もやっているのを見ていて
近くの堤や池にフナ釣りに行っていたのがきっかけでした。
エサもサシやミミズを買うのも子供の小遣いから出すのも勿体なかったので、
近くの溝などにユスリカの幼虫でしょうか、イトミミズやミミズを取りに行って
それをエサとしてフナ釣りを楽しんでいました。
大人になってからも釣りに行っていましたが、当時から流行り出した
アングラーとしての釣り方、ルアーを投げて釣る子供たちがやってきて
ビュンビュン、ドボーンと投げて回るので、静かにフナ釣りをする方としては、
釣りにならないことから余り行かなくなってしまったのでした。
20代後半くらいだったと思いますが、仕事で知り合った方から、その話をすると、
海釣りに誘われて行ったことが釣りにハマることになったのです。
その前に釣具屋に行って勧められた投げ釣りの竿、リール、道糸、ハリス、
後は必要な小物、バッカン(水を入れたり道具を入れたりするバケツ)、
クーラーボックス一式を買って一番、最初に連れられて行ったのが
北九州の日明公園でした。
途中で寄った釣具屋でエサや撒き餌のアミエビや氷などを買い
初めて行った釣りはもちろんボウズ、何も釣れなかったのでしたが、
何故釣れないのか?を真剣に突き詰めることになったのです。
どういう魚種がいるのか、どのような釣り方があるのか、自分に向いている釣り方は
何だろうと考えて釣行を重ねていきました。
最初の頃は教えられた投げ釣り仕掛けで時季に合わせてキスやスズキを狙って
海に通うようになりました。
これはと思う道具があればお金に糸目もつけず、今考えればわかるのですが、
必要のないものまで買ってしまうようになっていました。
休みの日はもちろん、いてもたってもいられなくなるほどに海に行きたくなり、
普通の日でも仕事が終わると夜釣り出かけ、深夜過ぎに帰ってくるほど
沼ってしまいました。
釣具屋と波止釣りに通うようになり、投げ釣りに関しては天秤の重りも
30号くらいまで大きくなり、100メートル以上大遠投して釣りをするようになりましたが、
どうも釣り方として俺には向いていないと思ったのです。
それから子供の頃フナ釣りをしていたように浮釣りのフカセ釣りが一番向いていると思い、
これまたのめり込み、旋盤機を買って自作でウキを作るまでになっていました。
そしてやはり転機として宗像沖ノ島に釣りに誘われたことが大きなきっかけとなり、
そこで今でも付き合いのある、釣りの師匠と一緒に釣行したのが
雷で頭を打たれたように、釣りの基本を教えられたのです。
師匠は若い頃、渡船の釣りクラブの会長をされていて、経験豊富で
船長にも何かの時に頼りにされている人物でした。
釣りをしている人によく「釣れました?」と何も考えずに尋ねたりもしますが、
「釣れた」は自分本位ではなく、「釣った」と「釣れた」は全然違うのです。
これは釣りの話ですが、魚が針に勝手に食いついてくれたのは、運任せの交通事故で、
針につけたエサを魚に食わせるのは、魚が居るという多少の運もありますが、
「まず、釣り場にいる魚にエサを食わせる」という事が前提だと
師匠は私に話してくれたのです。
後は魚の大きさ次第で、取れる・取れないは竿捌きであったり、リールを巻く
タイミングやその時の釣り場の状況を見極める必要があり、エサを食わせた時
魚に向こうを向かせないテクニックが必要で、時には瀬に入られないために
リールが壊れても良いから強引に巻くこともあって、自分の腕次第という
2段階あると教えてくれました。
その時はクロ、九州地方ではメジナのことをクロと言いますが、宗像沖ノ島では
50センチ以上、2~3㎏越えの魚も珍しくはないのです。
師匠と釣行するたびに5㎏くらいの大きなヒラス、ヒラマサの九州地方の方言ですが、
掛けられた時、取れる仕掛けの大きさだと竿を立てて耐えていたのを
その場に寝転び、ゴリゴリとリールを巻いて魚を寄せ、魚に空気を吸わせ弱らせた時、
タモアミで掬うのが私にとっても凄く勉強になったのでした。
仕掛けや道具で魚の釣り方で上物とか底物と分けたりしますが、100円くらいの
当たりウキと中ウキ、飛ばすためのスーパーボールだけの浮釣りで釣るやり方は、
仕掛けこそ大きいものの子供の頃フナ釣りをしていた釣り方と同じで、
魚種は選ばず、石鯛なども師匠が釣るのを目の当たりにして驚いたものでした。
確か当時、宗像大社辺津宮手前の釣具屋で、磯から釣った最大のクロは
70センチ以上で日本記録だと店員さんから聞いたこともありましたし、
魚種として釣り人が憧れる海の弾丸として知られるヒラマサも
狙うポイントが多数あります。
何が居るか分からないし仕掛けは当然、大きなものになります。
しかしもっとも大事なことは自分の身を守ること、釣りに出かける1週間前から
潮周り、天気予報や天気図を見てうねりや風を見て知らべ、波止などと違って
岩をよじ登る、岩に海苔がついてすべりやすいような危険なポイントもあるので、
干満の差の大きい大潮はなるべく避け、磯に上げてもらったら
決して海を背にしないことなど、気がつかないことなど
多くのことを習ったのでした。
釣り座からここまで波は上がってこないだろうと思っていても
ザバーンとバカ波をかぶるのは珍しくもなく磯釣りをしている人は誰でも
経験したこともあると思います。
そして釣行前には数回、渡船の船長に連絡を入れ、近況を聞かれていました。
それは私や誰かを連れて行く責任がある以上、危険をおかさないようにと
知ったのは、ある時、船長からそのことを聞いたのです。
釣りはあくまで遊びであり、命を賭してまでやるべきではないというのが信条です。
師匠一人で釣りに行くときは荒れた潮の高い時に大きな魚が回ってきていて
自分を守れる経験と術を知っているので若い時には何度も行ったそうですが、
師匠の私以外の弟子と釣行するときは安全を見極めて行かれるようになったそうで
一緒に釣りに行った人が釣ることが出来るかどうかの心労が大きかったそうです。
幸い、師匠と一緒の釣りは、いつも満足のいく釣行でしたし、
潮が引かないと乗れない希少な磯にも上げてもらい
楽しむことが出来ました。。
私も母の介護をしなくてはならなくなり、沖ノ島用の大型魚用の釣り道具は
竿、リール共に知人に全部上げてしまい、師匠も高齢で釣りには行かなくなりましたが、
時々師匠の家にお邪魔して当時の思い出話をすることがあります。
倉庫に入って作業をするため脚立を取り出そうとした時、
釣りを始めたばかりの頃の竿ケースと道具が目に留まり、
これ10年以上使ってないなと、
あとで部屋に持ってきて開けてみました。
ファスナーは、白くサビて開かなかったので、マシンオイルをつけて
プライヤーで引っ張ってみると開きました。
タモアミ、竿3本、リールが2個入れていたのも忘れていましたが、
タオルを濡らして拭き、腰につける道具入れも開けてみました。
リールの道糸も釣りをするなら新しいものに巻き直さないと使えませんが、
M女子の姿が思い浮かび、彼女と波止釣りに行って
楽しんでる光景を妄想したのです。
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。
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