暑くなる前に
~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します
時に、朝、神床、三宝荒神の神棚をお参りした後、外に出て
庭のお堂で先祖供養をしている時に、いつもしゃべっている日本語でない
マントラを唱えていると、祝詞にしてもタカマパルやカタカムナなど
古代語で奏上するので、そうですが、その唱えている意味を知らない人が見た時、
怪しげな呪文を唱えていると思うんだろうなと思うことがあります。
不思議なものでマントラに関しては、元々サンスクリット語が語源であるものが
中国を経て、日本に伝わって、随分、変化した文言を唱えているのは分かりますが、
最近は便利なもので、ネットで探せばサンスクリットでの表記や発音も
すぐに見つかったりします。
例として、よく出て来る「ソワカ(蘇婆訶/薩婆訶)」は、仏教(特に密教)の真言や
陀羅尼の最後につけられる言葉で、サンスクリット語の「svāhā」の音写だそうで、
意味は「成就あれ」「幸あれ」という祝福や願いが叶うことを指し、仏の力を受けて
願いが円満に叶うことを願う、真言の締めくくりとなる重要な聖語とありました。
カタカナ語にすると「スヴァーハ」でしょうか、
「オウム・マイトレイヤ・スヴァーハ」、「オン・マイタレイヤ・ソワカ」
「オーン・スラスヴァティ・スヴァーハ」、「オン・ソラソバテイエイ・ソワカ」など
その時々で両方使って発していたりもします。
これも他の神をも受け入れることが出来るという日本人の遺伝子に組み込まれて
いるのでしょうか、違和感なくマントラを唱えておられるのを四国や篠栗さんの
お遍路の道中、または仏閣やお寺などで見かけましたが、音節の区切りや
言い回しが少し違ったりと、方言に似たようなものもあることを知りました。
ここ数年の気候からみても5月で30℃前後の気温になりますが、外に出て
庭のお堂で先祖供養をしていると汗がダラダラと流れ、6月以降は集中しにくい
環境になります。
まだ今時であれば、朝は20度以下なので十分お参りも滞りなくできています。
まあ、心頭滅却するほどの覚悟があれば関係ないのかもしれませんが、
暑いとか寒いとかを我慢するのも現実的ではありません。
母方の祖母から母の妹、叔母が病弱であったことから病気平癒のために
祀っていたお堂より引き取った代々伝わる石と聖観音の像、他にも迎え入れた、
大日如来、不動明王といった仏像もあり、祭り始めてもう5年くらいになるでしょうか、
自宅仏間の神床の横の床の間に移設することも考えましたが、あとで考えようと
そのままにしていました。
朝、お参りをしていて、一度この場所と自分で決め、お堂を建てたのだから、
出来る時にやって、出来ない時は仏ほっとけ、くらいの感じで良いと
思い浮かんだのでした。
開経偈から始め、般若心経を唱えている時には、母方の祖父母、そして
若くして亡くなった病弱だった叔母のこと、その祖父と父方の祖父が仲良かったこと、
そして父と母、私たち兄弟の弟、弟夫婦の二人の子供の下の流産した三つ子、
私が小学2年生の時に亡くなった曾祖母、父と従弟になる叔父叔母と
病気で亡くなった三男、私が子供の頃凄く可愛がってくれた父方の祖母の
家の隣に住んでいたおじさんとおばさん、それから魂の片割れ、M女子のご先祖に
彼女を守ってもらっていることに感謝、関わりのあった人たちに感謝を、
そしてすべての根本までのご先祖に対して、冥福を祈り、残りたるものを
お助け下さいと供養しています。
またマントラや陀羅尼を唱えるのも、回数も忘れる程集中して、
今日は仏頂尊勝陀羅尼をスラスラ唱えるのが軽いなとか、その時々で
今日は重いなとか感じられて、それもまた楽しくもあるのです。
またご飯を炊いた時には、神床、三宝荒神、お堂と供えるのは必ずやりますが、
気にもとまらない日には、何もしない日もあったりするので
サボってズボラをしても良い日があってもいいのです。
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。
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