~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します。
本日もウォーキング、撃鼓神社を参拝した後、
まだ3時過ぎで明るいなと思い、村社のお池の奥の
宮の森にある豊国社と愛獄社のお神酒と榊などのお供えを替えに
月末と月半ばに行っているのが思考に出て気になったのです。
近くのスーパーへ行ってお酒のカップを2つ買い、
庭の真榊の枝を5本ほど摘んで流水で洗って2束分輪ゴムで縛り、
ポリ容器に水を入れてリュックに積み込み用意しました。
車に乗りこんで村社にいつものように参拝した後、
お池の横の道を竹の棒を振りながら、ひふみ祝詞を唱えながら
豊国社と愛獄社の祠まで歩いていきました。
豊国社と愛獄社に着いてリュックから供え物を取り出して、
枯葉や残った神饌を掃除し、榊とお神酒、水を取り替え、盛り塩をし、
それぞれに祝詞を奏上しました。
これで新年を迎える準備ができたことに
清々しく気持ちも晴れやかになったのでした。
此処に、文字通り呼ばれて参拝に来ることになるとは思いもせず
呼ばれなければ宮の森の中にひっそりと鎮座する祠があることなど
知る由もなかったのです。
神に出会えたことに感謝を覚え、法螺貝を吹き鳴らしました。
村社の境内へ戻り、拝殿前の注連掛柱の手前で、
豊国社と愛獄社の神へ、私を使わせてくれた機会を
与えてもらったことに感謝をしました。
鳥居を出ると、神社の手前で前神主が枝を剪定しているのが
目に留まりました。
傍に行ってフェンス越しに声をかけ、お参りに来たことを話し、
近況を話したのでした。
そして子供の頃から来ている村社でも、今まで知らなかった
お池の先の、宮の森の奥にある、豊国社と愛獄社の事を
何かご存じかと聞いてみました。
村社でお参り後、お池の先から呼ばれた気がして行ってみたこと、
そこに豊国社と愛獄社の祠が並んであった事を話してみました。
前神主でも、村社以外は管轄外で、知らないということを
聞いて驚いたのです。
それ以来、榊やお神酒、神饌等お供えをしていることを話すと、
それは良いことだと笑っておられましたが、
私だから呼ばれたのかと改めて感じたのです。
しかし最近ではありませんが、伐採や草刈りなど手入れした後が
見受けられるので、市の教育委員会か、氏子関係者の所縁のある人が
祀っている、祀っていたということしか、今は分かりませんが、
市の教育委員会の歴史保全をやっている資料の中にあるかどうか、
機会があれば調べてみようと思ったのです。
しかし、それも必要があって導きがあれば、何れ知ることになるだろう
と思ったのでした。
今年も残り2日、新年を迎えるので元旦に、村社に初参拝した後、
豊国社と愛獄社にもお参りしようかと思っているのです。
新年明けまして、おめでとうございます。
今年が皆様にとって良き年となりますよう
お祈りいたします。
続きは次回以降アップしていきたいと
思いますので
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。










