心を開く | 希望と光のブログ

希望と光のブログ

思いついたことを書いていきます。

 

~疎外感や孤独を感じている人たちへ~

 

パソコン教室を営んでいる

和田基博と申します。

 

 





 




 

 

受講も一段落し、飯塚市の名勝地の一つ、勝盛公園にある

宮地嶽勝守神社へと車に乗り込み行ってみました。








この場所は私が父の代から税務処理をお願いしている

税理士事務所の近くで、そこから登った高台にあって、

子供の頃の遠足の時代から春には桜の名勝でもありますので

多くの人たちがお花見に訪れ、私も勝盛公園には

何度も行ったことがあるのですが、宮地嶽勝守神社には

一度も参拝したことがなかったのでした。








宮地嶽と名前が付いているので福間市にある

宮地嶽神社総本宮の末社の一つでもあるのですが、

勝守と名前がついているのは祭神が勝守大神、勝村大神、勝頼大神、

神功皇后、藤之高麿、藤之助麿で、勝守は宮地嶽神社総本宮の

お守りでもありますが、そこから転じて勝盛となったようです。

 


鳥居前まで来るとその横に道があり、勝盛公園入口とあって

フェンスで閉鎖されていましたが、市の管轄で花見の時期には

開門されるのだと思いますが、鳥居のすぐ横に車を止め

鳥居に一礼して参道を登って行きました。



朽ちて落ちてきた木の枝をどけながら拝殿の手前に

見慣れぬ建物があり、雑草が当たりに生えていましたので、

ほとんど参拝者もおらず、整備はされていないようでした。


 


本殿まわりも雑草というより、石の間に大きく太くなった幹になって

抜こうとしても無理なようで、賽銭泥棒のためか賽銭箱もなく、

荒れた神社のようでした。




しかし、呼ばれた感を強く感じていましたので

賽銭を本殿の前において祝詞を上げました。




世界平和を願い、神に成り代わり私に出来ることがあれば、

何なりとお申し付けくださいとお伺いを立て

法螺貝を吹き鳴らしました。




お礼参りに来ることを述べて神社を出て車に乗り込みました。




それからネットで調べておいた川沿いにある

楽市の天満宮へと行こうとしたのですが、その入り口を通り過ぎ

その先にある大将陣社に呼ばれた気がしたのです。

 

そのまま大将陣を登って大将陣公園の上の駐車場に車を止め、

法螺貝を持って、坂道を早歩きで行きましたが

勾配がある為少し息が切れる感じでしたが5分ほどで

大将陣社へとやってきました。

 


帰って調べてみると宮地嶽勝守神社の謂れから大将陣社と

何か関係があるようで、詳細は分からなかったのですが、

導かれて大将陣社に呼ばれたのを感じたのです。




龍神祝詞を上げ法螺貝を宮地嶽勝守神社、龍王山の瓶割峠の

龍王神社方面に向けて法螺貝を吹き鳴らしました。




いつもはお墓を見かけても何も感じない事が多いのですが、

宮地嶽勝守神社に行く手前にお墓が沢山あり、

いつもお守りくださって有難うございますと念じたのと

大将陣社の手前でもお墓が何故か気になったので、

お守り下さる事へのお礼を念じたのが思い出され、

法螺貝をあらゆるご先祖、根本までの先祖の供養にと

法螺口を下に向けて吹き鳴らしました。






吹き始めて、甲音(かんおん)が出なくて、スカした音になり、

乙音(おつおん)高い音ばかりが良い音で出たので、

そのまま習いとは違った吹き方をしましたが、

ゆっくりと吹き鳴らせたので、これで良いと

法螺作法を唱えたのでした。




法螺は神が働かないと魔を祓う宇宙まで届く音は出ないのです。



心の迷いというか、村社では氏神様と対話するように

心を開く感覚があるのですが、そういう時、思考に言葉であったり、

感情であったり出てきたりすることを思えば、

音を出すことに囚われて力が入っている時は心が開いていない、

第4チャクラが開いていないとハイヤーセルフは言うのです。




何かの考えや思考に囚われて頭で考えている時、

脳みそを使っている時こそ、自分の魂の声を聞けていない

というのです。




それは人間関係も同じで、心を開いて接すれば

だれでも思いやることが出来ると高次の存在は言うのです。




いつもそうありたいなと思うのですが、この感情というものは

人間誰にでも与えられたもので、それに支配されれば

悪魔にもなり得るもので、

怒りと恐れは支配を表し、知恵と叡智は神の愛を表す

とも教えてくれたのです。





大将陣社を出て、先ほど通り過ぎた道から入って

楽市の天満宮へとやってきました。





河川敷の傍にあり、周りは住宅地となっていて、

砂利が敷き詰められた神社への狭い道を入って

Uターンできないと不味いと思い、バックから入っていきました。

  

思った通りに鳥居前でUターンするのは難しいと

思えるくらいのスペースでしたので直感が働いたことを感じました。


鳥居をくぐって拝殿でお参りし、境内で法螺貝を吹き鳴らすと、

大将陣社で甲音がかすれたことなど嘘のように、

法螺の音が響き渡りました。




車に法螺貝を積み込む時、いつも神や宇宙の彼方まで

届く音をありがとうと、お礼を言ったのですが、それからは

いつも法螺貝を持たなくても良いような気もしていて、

導きがあった時には吹くようになっている、と感じるのです。




導かれて見たリーディング動画では、私の果たすべき使命は

巫女の役目で、神と繋がり知恵と叡智を下ろして、

それを必要な人々に伝えることで、

私は男性ですが女性性が強く、本当の、本来の自分は

広い心や受け入れる愛情は強く、その役目が使命だと

メッセージを受け取りました。





ハイヤーセルフに尋ねてみても、魂の約束を思い出せばよい、

瞑想をして自分と繋がり、過去世を確かめてみれば分かることや

感じることがあり、ただ自分自身を信じれば良いと、

すぐに答えを返してきました。




愛と光を信じること、神や宇宙を信じることで、

見える存在、見えない存在を信頼できると言うのです。



お前の魂はそのことを知っているはずで、

もうLight Workerとして動いているのだから、自分の魂が

神との約束で決めてきたことだから、否応なしに

いずれそうなると教えてくれました。




そして恐れない事、もし不安や恐れがあるなら、

手放して愛と光で明るく考えよとも教えてくれたのでした。



手放すということは立ち向かう勇気と自信、

その元となる愛と光、すなわち神や宇宙と共にあることを意味します。



愛は優しさと愛情を、光は明るく楽しい事を思い、

何も難しく考えることでは無いと言うのです。




この世で生きていくという事は、肉体を持ち、生老病死の不安や

恐れと誰でも向き合わなければならないという事以上に、

明るく楽しく生きて、魂は不滅であるという

神理を思い出せと言うのです。




私のハイヤーセルフ、神我、霊性、御霊分けされた魂、

いずれの呼び方でもいいのですが、

困った時、迷った時に最良、最善の答えを返してくれること、

神々や宇宙の導きにも感謝なのです。




その心は祝詞にもある

とほかみ、ゑみため、です。




とほかみは、天之御中主を中心とした十の神々


ゑみためは、笑みのためで明るく笑うことです。






 

続きは次回以降アップしていきたいと

思いますので

少しでも、何か参考になったとか

興味があるとか気が落ち着いたと

思って下さると幸いです。

 

 


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