~疎外感や孤独を感じている人たちへ~
パソコン教室を営んでいる
和田基博と申します。
変容も甚だしく、体調不良の次は低血圧がやってきました。
私は20台でB型劇症肝炎を発病して以来、慢性肝炎で
何十回と入退院を繰り返して
50代になってからは落ち着いたものの、未だにHBVに対する
抗体ができない身体でひと月に一度はかかりつけ医に
診察に行っているのです。
40代から50代にかけて糖尿病、高血圧と診察や血液検査で分かり、
当然その治療を続けて薬を処方して服用していたのですが、
ここひと月の変容で、何か、立ち眩みがするな、と思っていたら
血圧の上が90台、下が60台で、それがずっと続き、
かかりつけ医に相談してみました。
降圧剤を軽いのにしましょうと薬を変更してもらっていたのでしたが、
今日の朝に至っては上が83mmHG、下が56 mmHGで、
ここ5年間の測定でミニマムを達成しました。
高血圧よりも低血圧の方が良いかなと、
高血圧で160台-110台だったのが、
低くなって、おめでとう、と笑えない冗談なのです。
症状としては、朝起きづらいとか立ち眩みが頻繁に起こるのは
女性に多いそうですが、血圧が低いからと勝手に降圧剤を
止める訳にはいかないのです。
しばらくは快食、快眠、快便に勤め、運動をして
生活を整える以外は無いようです。
今日は教室は月曜日の定休日で、昼から何処かに行こうかと
車に乗り込み、コンビニで買い物をしたときに
釣りの師匠の家に随分伺っていないなと思い
缶ビールを手土産に買い、それから100均のお店に行ってみました。
店内を一回りして仔猫たちにおもちゃと観葉植物を買い
お店を出て、久しぶりに神社仏閣に参れるだけ参ろうと
行ってみることにしました。
まずは思考に浮かんで来た、南尾の大神宮へ行って参りし、
それから平恒の山の神公園にある大日如来、そこから下って
平恒の天祖神社、こがえる寺の瑠璃山・正法寺に立て続けに
参拝しました。
正法寺から師匠の家は近いので伺って2時間ほどご夫婦と、
近況や政治経済などいろいろ談笑しました。
師匠とは知り合った30数年前、私は宗像沖ノ島に
磯釣りを別の方と行っていて顔なじみではあったのですが、
父から受け継いだ会社を辞めようかと悩んでいて、
私を恨んでいるE氏やK会からの噂による
世間的なハラスメントの両方で人間関係に疲れていた時でも
あったのでした。
師匠はE氏の先輩でもあり、そんなに深い付き合いでは
無かったようですが、E氏と私の間にある、そこそこの事情は
知っておられたようで、ある時「一緒に釣りに行ってみないか」と
誘われて同行したのが師匠との付き合いの始まりでした。
宗像沖ノ島は、今でこそ神宿る島として世界遺産にも登録されて
有名になりましたが、対馬と山口県の中間にあり、
福岡の沿岸から55㎞離れた絶海の孤島で、ヒラマサや大きな魚が
釣れる釣り場として釣り人にとっては憧れの島なのです。
師匠は、奥さまの事を他人に対しては
「うちの女房は凄いよ」と事ある毎に褒められていたのには
驚いたことがありましたが、それまでこういう男性には
未だ知り合ったことがないタイプの人物で、
当時は学習塾のオーナーをされていて、奥様は大きな病院の婦長を
されていました。

当時は道楽も激しく、ゴルフや釣りをされていて
沖磯クラブの会長でも渡船の船長や常連から祭り上げられて、
自らやる気は無かったそうですが、そういった船長や常連たちの
相談に乗ったり、もめ事を収めてくれたりと、面倒をみてくれていた
と渡船の船長から聞いたことがありました。
ゴルフや釣りでもトコトン楽しんだそうで、
気に入ったら自宅に帰らずに、また船に乗って沖磯へ戻って
釣りをやり続け、仕事は仕事で、きちんと任せるべき人に任せて、
遊びは遊びという区別の概念を持った人でした。
遊ぶなら本気で遊び、経済面や家庭面のことを誰かに任せ、
のめり込むだけの技量があるかという事ですが、
仕事を放っておいて生活に困るほど、遊ぶのは違うと
常々話されていました。
これも女房が好きなようにさせてくれたから出来たと
話されていましたが、お子さんも独立されて
今は夫婦でのんびり暮らしておられるようです。

昨年、神社仏閣に参るように宇宙からのメッセージを受け取ってから、
当然、宗像三女神が祀ってある辺津宮の宗像神社にも
何度か参拝しましたが、その沖ノ島も宗像大社なのです。
宗像沖ノ島は、神官以外は上陸禁止で大祭に参加し
海に入っての禊をしないと上陸は出来ず、しかも女人禁制なのですが、
釣り場は沖ノ島本島や離れ島の小屋島周りとあちこちにあり、
磯釣りをしていた釣り人は上陸して、沖津宮に参拝は出来ませんが、
島に上がったことは何度もあります。
師匠と私は、避難港で夜間の釣りはせずに渡船で寝ていたので
船長たちと話をすることも多く、会話の内容は
魚を釣るという事だけではなく海という自然で遊ぶということは
時には命にかかわるほどの上に成り立っていることを知ったのでした。
年に何回かは磯から落ちて亡くなる方もいますので、
自分の身を守るという事の大切さ、磯での勝手な行動は
人に迷惑をかけることもあるということを学んだような気がします。
宗像沖ノ島の私の印象は渡船から見える沖ノ島を見ながら
港へ戻る時の光景がすぐに思い出され、実際に島を間近に見て、
当時は沖津宮という意識は無かったのですが、
どこかご縁を感じていたのです。
師匠の家を出て吉隈の比叡神社に着いた時、
車の後ろのシートに法螺貝が無いことに気づきました。
一瞬、盗難かと思いましたが、法螺貝盗む人はいないだろうと
思い返してみると、平恒の天祖神社で法螺貝を記念碑の前に
置いたまま拝殿で神の働きを感じて感謝の気持ちが溢れて、
神に代わって私が出来ることがあればと祈った時の事が
思い出されました。
気持ちは高揚してそのまま法螺貝も吹かずに法螺貝を忘れて
車に乗り込み、子がえる寺へと行ったのでした。
比叡神社にそのままお参りしても良かったのですが、
止められた気がして、呼ばれなかったと感じ、天祖神社へと
引き返しました。

天祖神社に戻ってみると記念碑の前に法螺貝はそのままあり、
法螺貝を持って神に感謝し、ゆっくりと吹き鳴らすと
天に向けて音は響いたのでした。
続きは次回以降アップしていきたいと
思いますので
少しでも、何か参考になったとか
興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。
