初詣、神仏に呼ばれた | 希望と光のブログ

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思いついたことを書いていきます。

 

~疎外感や孤独を感じている人たちへ~

パソコン教室を営んでいる

和田基博と申します。
 


大晦日、介護施設に入院している母の年末年始の日程は

どうなっているのかを尋ねるために電話を入れると、

通常の日祝日と変わりはないとの事で母に面会に行きました。

事務所に着くと親子連れの方がリモートでの面会を

待っておられましたが、今日は時間もあるのでそのまま待つことにし、

洗濯物もあり渡されましたが、洗ったものは

持ってきていなかったので、面会だけをお願いしました。



タブレットに母の顔が映り、元気かと聞いても

黙っているだけしたが、私の顔をじっと見ていましたので、

会話はせずに元気でいてくれることを有難うと心で念じて、

しばらくそのまま母の顔を見つめていました。


疲れたのか母は目を閉じ、少しだるそうにしていましたので

また来るねと面会を終わらせました。


駐車場で車に乗り込むと、以前お世話になった

デイサービスのスタッフを見かけましたが、

忙しそうにされていたので会釈だけして施設を出て、

時間もたっぷりあるし、買い物を満喫しようと

数百メートル先の100均のお店に行きました。



10分ほど店内を歩いて商品を見て回り、

花瓶や線香ローソクなどを買って、100均だと

食材や正月用品は限られるので、

ディスカウントストアーへと車を走らせました。



一人暮らしでも正月用の買い出しは何もせずに過ごせば、

それなりにレンチンご飯、お餅やうどん、そばや麺類、

冷凍ものを非常食として買ってあるので要らないのですが、

折角の年末年始なので、店内を見て回り、

みかんや野菜など数千円分の買い物になりました。



夕方自宅に帰ってきて、さあ思いっきり料理を作ろうかと、

骨付きの鳥肉を焦げ色がつくまで炒め、それに乱切りの

タマネギも加えて炒めて、出汁を加えて皮むきしたニンジンと

ジャガイモを加えて煮込み、火を止めて、ボリュームを弱めた

ストーブでコトコト似ていきました。



煮る間に、小さめの鍋にお酒を煮切り、出汁、油揚げを加えて

そば用のスープをつくり、かまぼこを切って年越しそばの用意です。


買ってきた正月用のオードブルのから揚げや串カツなどを

オーブンで焼き直し、夕食の準備が出来たところで、

熱いお茶を鉄瓶で淹れて、父の遺影に供えました。



食事を終えて神棚のお札を取り換えるために、ローソクに火を灯し、

お札を取り換えることを神に述べ、その間棚から

神具と三社も下ろして札を取り換え、掃除をして

今年のお礼と来年分の用意ができたことを、

大祓の詞を唱えた後述べたのでした。



三宝荒神の神棚にはお札は無くて、母がご神体の像を

安置していましたので正月に塩や米、お神酒などを

交換するだけなのです。



例年、年を越して2時過ぎに取り替えたお札やお守りなどを持って

村社へお参りに行きますが、今年はあちこちに行って

お札を授かりましたので手提げ袋一杯になりました。


勿体ないことにテレビもつけているのですが、

パソコンを開いてイヤホンをつけネットを見て集中しているので、

時間が経つのも忘れ気がつくと1時半をまわっていたので、

着替えて村社へと出かけたのでした。



駐車場に着くと車が2台だけで、それも氏子関係者のもののようでした。



かつての賑わいもどこへやら、関係者だけで

今年は町内の知り合いの長老たちの姿も見えず、

宮司が代理になったからなのか、新年の挨拶をして参ったのでした。


祝詞を上げ始めると、氏子たちがワイワイと騒ぎ始め、

胃が締め付けられたような感じを受けましたが、

小さめの声で祝詞を上げ続けました。


参り終わって深呼吸を意識すると柏手もいつものように鳴り響き、

体にビリビリとする感覚も出てきましたので、

感謝の意を述べお参りを終えました。



これは私が噂によるハラスメントを受けていた時に

感じていた違和感、自分に対して悪意を持って噂話を聞かせると

いったものと同じ気持ちで、神がそのことを感じさせ、

告げたかったのかもしれません。


実際人が何を言おうと、その事は私に関することでも

私の心には関係がないことを、随分と自分と向き合った時に

分かったことなので、ましてや氏子の人たちが

私の事を悪意を持って言う必然性もないし、

またたとえ、そうであっても無くても、動じない心になることが

出来ることは自分の感情も魂もすでに知っていて、

反撃することも無視することもできる自分に

なっているのです。



そういったことが向き合っていないなら

その心のありようは浄化されていないだろうし、

また殻に閉じこもったり、相手に牙をむけようとすると

思うのですが、これは何かの為になることを考えたり、

何かの救いになることに関係することかなと

思ったのでした。



一見悪いと思えることこそ、

何かの重要なことが隠されていたり、あったりするのです。


お札の授与所まで来て、小さな容器に入れたお神酒をもらい、

縁起物がまだたくさん並んでいるのを見て、

今年はお参りが少ないことを年配の方と話し、

「じゃ、これ下さい」と教室に飾る1,800円の

商売繁盛の恵比寿の縁起物を買い、

寒いから風邪などひかないようにと

挨拶してお参りを終えました。



少しモヤモヤしながら駐車場まで来て車に乗り込むと、

「虚空蔵様」と「法螺」という言葉が思考に浮かんできました。



山に入って法螺を吹けということだと思い、

車を虚空蔵菩薩がある山の中の林道へと向かいました。



1月1日とはいえ、深夜の3時前、ここは山の中にあり、

辺りは真っ暗で、時折鳥の声がギャーギャーと聞こえ、

昼間はともかく、お堂まで行くのにも真っ暗で

足元に気をつけながら虚空蔵菩薩の像の前まで来ました。




自分のライターに火を灯し、ローソクに火をつけると

辺りがパーッと明るくなり、お賽銭を入れ

住所氏名年齢を名乗り、昨年のお参りのお礼と

元旦早々お参りさせてもらう事にお礼を述べて

般若心経と真言を二十一遍唱え、その隣の慈母観音にも

般若心経と真言を唱えました。





真言を上げている時に赤子を抱いて乳を上げている姿と

慈母観音の目が何かを語りかけているように感じ、

優しい気持ちが私を包んだのです。

     

感動を憶え、感謝の気持ちが溢れました。



参り終えて「また参りますと」述べ、ローソクの火を消すと

また辺りは真っ暗になりましたが、

石段の所に大きな穴が開いていて、以前そこに足を取られて

ホラ貝を持ったまま転んだことがあったので、

気をつけながら車まで戻りました。





ホラ貝を取出して法螺作法を唱えた後、お堂の手前で

ホラ貝を吹きました。



山の神と下の方に住んでいる者たちにも届けとばかりに

吹き上げると、法螺の音は木霊が返るほどに

響き渡りました。



おそらく村社にも届いただろうと思い、

正月三が日だけではなくお参りに来る人が

村社にも虚空蔵様にも増えることを願って

法螺作法を終えたのです。



いずれにしてもこんな元旦は初めてなので

一年の計としては、これ以上ないくらい最高なのではないかと

思っているのです。



この山の名前は龍王山で、神は龍神です。

         

登山道で、車で行けないのですが

山頂から少し行ったところに龍王神社と、

もう一か所隣の区域の近くにも同じ名前の龍王神社があり、

いつか行ってみようかと思っています。



 


新年おめでとうございます。



昨年書き溜めたものがまだまだあって
新年の記事がアップできないので
続けて更新していきたいと思っています。

 

続きは次回以降アップしていきたいと
思いますので
少しでも、何か参考になったとか

興味があるとか気が落ち着いたと
思って下さると幸いです。

 

 

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