徳前老松神社 | 希望と光のブログ

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思いついたことを書いていきます。

 

~疎外感や孤独を感じている人たちへ~

パソコン教室を営んでいる

和田基博と申します。


 

グーグルマップで近くのウォーキングコース沿いの

神社仏閣を探していた時、自宅から見て東の方角には

地元の県立高校がある近くの公園に行っていますが、

その道の延長線上に老松神社があったなと思い、

距離をみてみました。



北の方角は宝満宮が1kmほどの距離にあり、老松神社も

同じくらいの距離ですが、登下校の時間帯と重なる

ウォーキングは中高生の通学路で人通りが多いのです。



ずっと連なった学生たちに片っ端から「こんにちは」と

連続で挨拶したり、その子らが会話したりしていると

そのまま通り過ぎますが、あまりに挨拶に囚われて

景色や道行く人との会話を楽しむことができずに、

脇道にそれて歩くのを満喫できる景色の良い道を探すのです。



挨拶については、自分から率先して挨拶する子、

挨拶すれば返してくれる子、全く無視する子に別れます。



以前あちこちの学校に所用で行っていた時期がありましたが、

ある高校に伺った時のこと、どの生徒でも意識して元気よく

「こんにちは」と挨拶するのです。


これには驚きましたが、その学校の教師にそのことを尋ねると、

校長や教頭が率先して、とにかく明るく出会った人には

誰でも挨拶するように指導されているとお話しされていました。



当然教師たち、だけでなく生徒も気持ちが上下することは

誰でもあるのですが、とにかく元気よく挨拶をすることで

相手に対する思いやりと、出会った人を

気持ちよく意識していますよ、という心構えなのだそうです。




学校とか親や先生たちが教えないと、高校生でも

幼い子供のようにバカ騒ぎしながら帰ったり、

礼節をわきまえなかったりするように、私が挨拶するたびに

感じることがありました。



時には人の事を見て馬鹿笑いするような高校生もいましたので、

「品がないなあ」と思ったものです。



過去に、お酒を飲みながら、その時は目上の人だったと

記憶していますが、「誰かに対して品がないというなら、

逆に(私に)品があるか?」と問われたことがあります。



まず相手を立てることを考え、言葉遣いや態度を

人に合わせることが出来るかを

その人は言いたかったようでした。



育ってきた環境や要因もあるのでしょうが、

今パソコン教室で対応していることが

その証明になっているのでは、と自分では思っています。



対人関係においても大事なことは

相手に対する思いやりと感謝だと私は考えます。



感謝があれば、相手の事を思いやることが出来るのです。



品はその人がいつも高い意識を持つことで

にじみ出てくるものであるような気がしていて、

意識して品があるように考えても、本物、でないと

品があるとは言えないと私は考えていて、

より高い意識を持つように心がけることが

大事なのではないかと思っています。



昼からの授業も終わり、ウォーキングに出かけました。



東の方角のいつもの目的地の公園を通り過ぎ、

1kmほどの距離にある老松神社までやってきました。



最近、体の疲れを感じていたのですが、

不思議と足取りも軽く感じ、

神社仏閣の造りはは北向きであることが多いので

南の方にある一の鳥居の前まで来ると、

工事関係者が測量をしていましたので

鳥居の前で邪魔にならないように、

「撮影することをお許しください」と心で念じ

写真を撮りました。



この神社も昔から知ってはいたのですが、

他の地域の村社に行く機会はないので

初めての参拝となりました。



祭神は菅原道真(すがわらみちざね)、

素盞嗚命(すさのおのみこと)、罔象女神(みずはのめかみ)の

三神です。



一の鳥居をくぐると右手に公民館があり、

珍しいなと思いながら、二の鳥居をくぐって

樹齢の古い大木の松が神木として祀ってあり、

老松という名に相応しい神社です。





本殿前まで来た時左手の方から子供たちの笑い声が

聞こえましたので見てみるとチョコレートのお店の

ようでした。



お賽銭は格子の扉に穴が開いていて、

「こちらに賽銭をいれてください」とあり、

賽銭箱は扉の中にあるようで、財布から一掴み小銭を投げ入れ、

住所氏名年齢、お参りの感謝を述べ祝詞(のりと)を上げました。



祝詞を上げているときから

体にビリビリしたような感覚と終わって

柏手(かしわで)を打った後、ものすごく優しい気持ちに

触れたような感覚を覚え、

やはりここの神に呼ばれたのかなと感じたのでした。



見える景色は澄み渡り邪なものがない神域で、

いつまでも居たい、帰りたくないという感情が湧いてきて、

しばらく本殿前に佇んでいました。

 

こういった神社は村社で子供たちが遊ぶといった事を見かけますが、

パワースポットとしても初めて訪れることができて

うれしい心持ちでした。



「また参りに参ります」と感謝を述べて、一の鳥居まで

戻ってきました。



石塔の並びを横目に先ほどのチョコレートの店を見ると

男の子とママでしょうか、店の中でなにやら楽しそうにしている

光景が目に入りました。



今度来た時は、ゆっくり立ち寄って

何か買っていこうかと思ったのでした。



帰り道も足取りが軽く、帰っていく学生たちとすれ違いながら

足の運びもテンポよく帰ってきました。



約往復2㎞で50分くらいなので

参拝の時間を差し引くと片道20分ほどかかったようです。


疲れも程よく、それから瞑想を

寝落ちしそうになるくらい

やったのでした。



自分にとっての安心を感じる

幸せな時間を持てたことに感謝です。



 

続きは次回以降アップしていきたいと
思いますので少しでも、

何か参考になったとか

興味があるとか

気が落ち着いたと思って下さると
幸いです。

 

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