彼女へのエール | 希望と光のブログ

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思いついたことを書いていきます。

~疎外感や孤独を感じている人たちへ~

パソコン教室を営んでいる

和田基博と申します。



私の大事な人M女史ともう会えなくなって

半年が経過しようとしている。



その日から一日たりとも彼女の事を忘れたことはなかった。



今でも瞼を閉じると彼女の笑顔があるし、

ふとした時や寝る前など彼女の存在を感覚であるが

見直に感じることもある。



現実的には彼女はそこにいないし、見ることもできないが、

誰かの意識を感じるのか、それがハッキリと

彼女のものであるとわかり、感情が突然

変化するときもあったりする。



最初は自分の意思ではない感情が突然変わって、

戸惑いを覚えたこともあるが、それが安心できる

安らぎにつながった気持ちだと直感したとき、

どこかで通じ合っているのを感覚で感じ取るようになった。



たぶん彼女もその違和感に気づいているような気がしていて、

気持ちを共有しているというか、

時々であるが、こんなこと普段考えないのにという

感情を覚えることがある。




彼女の立場を慮ると、私に対するハラスメントをやっている

K会やその関係者としての彼女の立場であるが、

ある意味囚われていて、イジメや脅しは仲間内で

平気で行うことは過去の私の経験からわかっているし、

そういうコミュニティであるので、

彼女は生きていくために、そこで一生懸命生活の糧を得るために

忙しく仕事に集中して頑張っているのではないか、

彼女がコンビニで働いていたのを見ていた経験から

推察できるのではないかと私は思っている。


そんなことが頭をよぎると、

「よく頑張ってるよ」と頭を撫でてやりたくなる、

といった妄想なのか夢なのか、つい思ってしまう事がある。



当然、イジメや盗撮、盗聴による監視が、私が対象なので

彼女がいくら私の事を思っていても、周りがそれを許さないだろうし、

時にはクールで頭の良い彼女の事だから

私への気持ちを表には決して出せないだろうし、

いや彼女はそのことを判っていて出さないだろう。



敵方の権力が及ぶ中でその関係性を断ち切ることも、

脅しや苛めを受けたことがある彼女なら、

自分を殺してでも表に出さない方がうまく行く、

調和が取れるということだと思う。



それは彼女自身を守るためでもあり、

私を守るためでもあるのではないかと

思われるのである。


周りの同調圧力や理不尽と思えることでも、

明るい希望の光が見えてくるまでは、

彼女は辛抱し続けているのが現状で、

チャンスが来るのを待っていると

私の直感は言い続けているのである。



だから私はこんなことでは諦めないし、

自分の魂が望んでいること、心の叫びを

自分自身に聞き続けてきた。



これからもそうするだろうし、思考や都合で考えたことではなく

本当に望むこと、したいことは何なのかを

常に思ってきたのである。



自分自身に聞いても、音信不通だから

彼女は私の事を諦めて好きな感情も無いのではないかと、

ふと思ったりもすることもあったが、

私のハイヤーセルフはこのくらいのことで

諦めるなと云うのである。



こんなことで二人の仲が壊れるなら

もう既に壊れ去ってしまっていると云ってくる。



お互いが生きてさえいれば、一時的に会えないことなど

何でもなくて、存在していれば

どんな風になるか分からないだろうと云ってくる。



そういえば彼女とは互いに

気持ちが何度壊れ、壊しただろうと

振り返ってみても、彼女がコンビニで働いていた時に

私の教室に来てくださいという申し出や差入をすると

物凄く嬉しそうにしていたが、

ある時そういった行為を断ってきたとき、

私が教え子のシングルマザーのAO女史と付き合った時、

彼女がハラスメントの巣窟である教室前の飲食店に

私を無視して入っていった時、

彼女が私を近くのコンビニで待ち伏せして

私が彼女を無視した時、

彼女が苛めに遭い別の男の彼女の女になったのを見かけた時、

彼女がその彼氏からDVを受け私の姿を見て

どうしようかとウロウロしていた時、

などトラウマとなる出来事が五度や六度はあって、

それでも互いのことを

心から消し去ることが出来なかった事実がある。




だからどんなことが起きようと

二人は決して心は離れられない魂の関係で、

互いに惹かれ合っているが

足を引っ張られたり、二人を一緒にさせないという

意思が働いていて、そういった状況など

阻害要因や障害があり、今に至っても、

彼女もそうだと感じるが

私は彼女の事を心から消せなかったのである。




いずれにしても私はM女史の事を愛していると、

ハッキリ言う事ができるし、そばに居たい

居て欲しいといつでも思っている。



私は男であるがゆえに彼女に頼って欲しいと

いつも願っているし、信頼してほしい

信じて欲しい気持ちが強くある。



彼女が困ったことがあれば、私は他を置いてでも、

何かを引き換えてでも、彼女の事を優先にすることができる

と思っている。



これが無償の愛とか人は拘るが、会いたいと

現実的に思う事は肉体を持った3次元の物質的欲望なので

無償ではないとも云える。


無償か有償かが問題ではなく

どれだけ相手の事を思いやれるか

優しく出来るか、大事にしているか

愛しているかという

単純な事だと私は思う。



しかし人の為に命を賭してもいいとさえ思えることは

かつて私の人生では他に無かったことであるが、

それだと、私が死んだら相手が悲しむことになることまで、

あまり考えてこなかった。



だから再び会えることを夢見ていて、

会えた時にこそ、自分の偽らざる気持ちを

彼女に伝えたいのである。


大好きで愛していると。