古墳のある公園 | 希望と光のブログ

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思いついたことを書いていきます。

 

~疎外感や孤独を感じている人たちへ~

パソコン教室を営んでいる

和田基博と申します。



ウォーキングで私の職場から南の方角に住宅に囲まれた

古墳がある珍しい公園があります。

小正西古墳公園(おばさにしこふんこうえん)と言いますが、

その周りは閑静な住宅街です。




地域名は小正、おばさ、と読みますが、地名や町名などは

地元の人でないとわからない場合も多々あって

日本全国そうだと思いますが、尋ねてこられた方から

聞かれたときに、こしょう、とか、こまさ、とか

言われることもあり、おばさ、と知らない人がそう思われるのは

漢字からの連想が難しいことでしょうか。



まあマイナーな片田舎の地域名や地名で考えると日本全国

どこにでもあると思いますが、ウォーキングで定期的に訪れる

場所としてこの公園に来て、訪れる人も少なくゆっくりと

日の光を浴びて風を感じることで自然を満喫しています。



ウォーキングを始めたのが今年の1月だったので

それまで公園の前や裏の道は頻繁に通っていたのに

たまたまウォーキングで通りかかったときに寄ってみて

初めて足を踏み入れました。





教室を出てから15分ほど早歩きしてきてタオルで汗を拭いていると、

その場所にいるだけで今まで来たことが無かったのを、

こんないい場所なのにと感じていたりしますが

古墳があってもそんなに興味は


なかったからでしょうか。




自分がこの公園の芝生に立ち、目を閉じてグラウンディングを

していると安全で何も気負うことも力を入れることもなく

安心な気持ちになれることで、自分は生かされているし、

生きているんだと嬉しくなり、感動して波動が上がっているのが

実感できます。



その時その場所で、これは今何処にいるかという事もありますが、

今ここにいるのは偶然ではないという事です。


偶然必然はその人の感じることとの時間軸が関連付け出来た時に

感じるのですが、人間では考えもつかないような出来事が

あったりしますが、たとえば、ああなったらいいなとか

実現可能かどうかは別にして願望があった時プロセスを

その時々で確かめ、それを分析して分かろうとその事象や

未来や将来の事をあれこれ思ったりしても、深く洞察したり

思考して解かろうとしても、あまり意味のないことの

ような気がして、何故かと言えばそれは神の領域なので

在るものは在るように自然に受け取ればいいのではないかと

思います。



学問、科学においては医療分野など、

例としてガン治療克服のための研究や開発は人の命を救うため

ということがあるので、進めなければいけませんが、

心の健全性、正しいと思い込んでいることをもう一度疑ってみる、

いつもは慣れていて当たり前と思っていることを当然と思うか、

有難いことだと思うかどうかで心の豊かさを計ることができて、

自分の為や人の為になること、何か良いことのためを思う事が

出来る心の余裕を生み出し豊かさを広げるのではないかと

私は考えています。



公園の東側は住宅でそのまわりが道になっていて、

入り口は5か所ほどあり、北西の方角に近所の方が祀っている

のでしょうか観音様のお堂があります。




先日この公園でグラウンディングをしてちょうど

センタリングのワークまで来た時に

誰かが私のすぐ前を通り過ぎる気配を感じましたので

目を開けてみると、ランニングスタイルの若い男性が

ゆっくりと通り過ぎているのが見えました。



両手を下にして手を広げ、目を閉じ深呼吸していたので、

その人は何事かと思ったのでしょうか、声もかけずに

行ってしまいました。



グラウンディングしている時は集中してやりたいのですが、

こういった公園ですので人も来ることがあり、何があっても

集中することが大切だなと思い

まだまだ修行不足です。



9月になってもまだ気温が高いので

私がウォーキングしている4時台の時間帯は公園内に

入ってくる人は今までほとんどおらず、見かけることも

なかったのでした。



来た方向から反対側の道に出ると

近くに住んでいる高校時代の同級生が犬を連れて

散歩に来ていましたので、離れた場所から手を振ると

キャップとウォーキングスタイルでしたので

私と分からなかったようなので

マスクを取ると、私だとわかったみたいで、

夕方いつも犬のために散歩しているということで、

私の方もあちこち毎日早歩きでウォーキングして

健康に気遣っていると挨拶を交わし別れました。