2軒目のお店へ | 希望と光のブログ

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思いついたことを書いていきます。

 

~ハラスメントやイジメを受けて

                  疎外感や孤独を感じている人たちへ~

パソコン教室を営んでいる
 

和田 基博と申します



もう飲酒をやめてといいますか、

B型肝炎により慢性肝炎で肝機能値が高く

入退院を繰り返していたことがあり、

退院して安定していた時期の頃の事でした。


飲める口を持っていた私は

飲酒について医師にも相談しましたが

やはり命にかかわるからと

禁止されていました。



それから3カ月、半年、1年とアルコールと

無縁の生活になったと、ふと思ったとき

自分の意志で、もうおそらく一生分は

飲んだろうし、もう自分の人生にお酒は

必要ないと思えたのでした。


その時から20数年が経ちましたが

私の職場前の飲食店ではお酒を提供しており

夕方開店で深夜までの営業という形態でした。


揚げ物を売り物とする食事処

といった店構えでしたが、お酒と軽食、つまみとカラオケを

提供しており、内容はスナックと同じことをやっていました。



誰かと会話しようと思えば、アルコール以外の

ソフトドリンクを飲まないと相手が

打ち解けた気にならないようでしたし、

その都度、私はノンアルコールビールを注文して

お店も儲けさせることで、女将に信用してもらえると

思い、弟や友人をその店に連れていき

飲食したこともありました。


この店も私の職場前にあり、道をはさんで20メートルの

距離しかなく顔は知っているものの、挨拶程度しか

交わさない間柄でした。


そういったことも女将と会話していくうちに

お客が少ないこと、このお店を維持するために

日中は介護の仕事に働きに出ていることなど

話してくれるようになりました。


まあ隣の店のワイワイガヤガヤ感はなく

落ち着いて食事もできましたし、

女将やそこに来る常連のお客と会話をして

それとなく彼女の事を探っていきました。


それからひと月たった10月頃、

女将と常連の客3人と仲良くなり

4人で1泊の旅行に行くことになりました。


元より人とつるんだり群れたりするのを

好まない性格だったのに、自分が意外と社交的で

そこでは誰にでも優しくできたこともあり、

そういう面もあるのかと実感できて、

まあそういう、旅行やレクリエーションを

楽しむことも、あっても良いかと思いました。


私の教え子、教え子と言っても私より年上ですが

別荘をお持ちの方に連絡をとり、OKが出ましたので

そこに宿泊すること、私が運転して観光してまわる

ことになり出かけたのでした。


旅行に行った日が10月25日で

後でこの女将と年長の常連客が、

仲たがいすることになるのですが、

そのときは4人で旅行に行けたことは

それぞれに良かったのではと思いました。



彼女がDVを受け失踪している、行方知れずに

なっている、ということは隣の飲食店で

あちこちの会話から聞いていたのですが

それはあくまで事実かどうか確かめようのない

事でしたし、それを誰に尋ねても

「知らない」という返事しか

返ってこなかったのでした。


それが11月になり

ある人物と再会したことによって

話が進展するのでした。