トートロジー(英語:tautology)とは、ある事柄を述べるのに、
同義語または類語または同語を反復させる修辞技法のこと。
同義語反復、類語反復、同語反復等と訳される。
関連した概念に冗語があり、しばしば同じ意味で使われることもある。
また、撞着語法はトートロジーの反対の技法である。
同語反復(どうごはんぷく)とは
「私は私であり、君は君である」のように、
等値を示す語によって同じ言葉を繰り返すことである。
文学、評論等、言語表現における技巧のひとつとして用いられる。
「AはAである」は、例えば「AはあくまでAであって他のものとは異なる」という注意喚起、
あるいは「Aは所詮Aであってそれ以上ではない」という主張、等々の筆者(話者)の意図を含み得る。
また同様に「AはAであり、BはBである」は、例えば「AとBを混同すべきではない」という注意喚起、
あるいは「AとBは(ある文脈で)異質である」という主張、等々を含意し得る。
言葉遊びとしては、「非AとはAに非ざること也」「ABとはAをBすること也」といった、
説明を避けて相手をけむにまく表現がある。
例
未成年の小学生
雨の降る日は天気が悪い
力とはパワーだ。
トートロジーはトートロジーであり、トートロジー以外の何物でもない。
無関心とは、関心がないということだ。
私以外私じゃないの(バンド「ゲスの極み乙女。」の二枚目シングル曲)
忘却とは忘れ去ることなり?(ラジオドラマ「君の名は」の有名な冒頭ナレーション)
知る人ぞ知る。
同義語反復
私の親は男の父だ。
頭痛が痛い。
馬から落馬した。
これらのような表現も、言い換えによる広義トートロジーとされる
Wikipediaより