皆様こんにちは。沙貴 誉 (さき ほまれ) です
。
帰って参りました。またこれからどうぞよろしくお願いいたします。
急用が入って外出してきたのですが、行き先は実は九州でした。
用事そのものは何とか無事に済ます事が出来て、後は帰路につくだけだったのですが、少しだけ時間が出来たので、思い切って神社巡りをしてきました。
今回は本当に急に外出が決まったので、事前に神社巡りの計画がゆっくりとは立てられませんでした。
そこで、時間内に行けそうな神社を探してみたら、高千穂河原と霧島神宮という場所があったので、そこに行くことにしました。
そう、まるで導かれるように。
実は私、高千穂河原や霧島神宮という場所は全く知らなかったので、ガイドブックで調べてみたのですが、ビックリしました。
天孫降臨で有名な瓊瓊杵尊が、天から降り立った地についてはいくつか候補地があるみたいで、主に、一番有名な宮崎県北部の高千穂神社のある土地と、宮崎県と鹿児島県の境に位置する霧島山の高千穂峰、だという事です。
今回私が偶然にも参拝できたのは、宮崎県・鹿児島県の境の霧島山の霊峰高千穂峰の西麓にある高千穂河原の古宮址と、高千穂河原から少し山を下った場所にある霧島神宮でした。
ところで、この高千穂峰には、何と頂上には「天の逆鉾」が立っているそうです。
さすがに私は準備不足と時間が無い事から、頂上までの登山は無理でしたが、「天の逆鉾」が峰の頂上に立っているとは、さすがに神話に縁のある土地ならではですね。
話が逸れますが、坂本龍馬が妻のお龍と新婚旅行で高千穂峰を訪れた際、この「天の逆鉾」を引き抜いたというエピソードがあるそうです。
普通は引き抜いたりはしないと思うのですが、凄い度胸だなと思いました。「天の逆鉾」を引き抜く事の賛否はともかく、さすが歴史を動かすような人物ですね、坂本龍馬は。
話を元に戻しますね。
中世までは、この高千穂峰の西麓に霧島神宮があったそうですが、火山の噴火により焼失し、その後別の場所に霧島神宮が移され再建されたそうです。
現在はその焼失跡に古宮址があり、少し山を下った場所に再建された霧島神宮があります。
という事で、駆け足でしたが、まずは霧島神宮を参拝し、その後、高千穂河原の古宮址を参拝してきました。
こちらが霧島神宮です。
霧島神宮は、鹿児島県霧島市にあります。
御主神は瓊瓊杵尊で、相殿神はお后の木花咲耶姫尊の他、瓊瓊杵尊と木花咲耶姫尊のお子様ご夫婦とお孫様ご夫婦、そして曾孫の神倭磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)の六柱の皇霊が祀られています。
この曾孫の神倭磐余彦尊、後で伏線回収する事になりましたので、ビックリの連続となりました。そのエピソードについては、また後で書きますね。
さて、初めて霧島神宮を参拝させていただきましたが、大きな神社で、とても神々しい空気を感じました。
本当に時間が無かったので、お参りさせていただいて、お守りを買って、という感じで慌ただしかったのですが、神々しく清々しい空気を満喫させていただきました。
結構、参拝客も多くいらっしゃって、人々に慕われている神社であると感じました。
もっとゆっくりしたかったのですが、残念でした。
機会があったら今度は参拝を目的に、ゆっくりとお参りさせていただきたいと思います。
参拝は無事に済んだのですが、実はずっと、空が気になっていました。
上の写真にも少し写っていましたが、空に鳳凰の雲が結構見えました。
こんなに沢山の鳳凰が舞う空を見た事が無くて、時間の許す限り夢中で写真を撮りました。
霧島神社の瓊瓊杵尊と六柱の神々が、歓迎して下さったのでしょうか。
沢山の鳳凰が舞う姿を見る事が出来て、とても嬉しく、大変に有難い思いがしました。
私は次に、高千穂河原の古宮址に向かいました。
こちらでも鳳凰が舞っているような気がします。(少し形が崩れ薄くなっていますが)
古宮址は、とても静かで、そしてとても厳かな感じがしました。
古代からのエネルギーを感じるというか、太古の地と火のパワーを感じるような、そんな気がする神聖な場所でした。
瓊瓊杵尊は、天照大御神より地上の瑞穂の国(日本)を統治しなさい、との御神勅を受けて、地上に降臨します。
つまり瓊瓊杵尊は、新しい国を作るパワーや、国家安寧のパワーを司っていらっしゃると思います。
敬宮様の立太子・即位を願う私が、最初は予定になかった霧島神宮・高千穂河原古宮址を参拝した事は、ただの偶然とは思えない導きのようなものを感じました。
新しい国作り・国家安寧のお役目を背負われた瓊瓊杵尊が祀られている神社にお参りできた事には、やはり意味があって、日本の神々が今の日本や皇室を見守って下さっているという事を、勝手にですが私は感じました。
そして、敬宮様が立太子・即位される事を、日本の神々は肯定的なのではないだろうかとも思いました。
そうでなければ、あのような沢山の鳳凰の舞う姿が表れる訳がない、と思ったのです。
だから後は、我々日本人次第なのだと思います。
光を信じて、神々を信じて、公明正大に堂々と敬宮様とともに光の道を歩む。
そして神々と太古の大自然を敬い、日常生活の中であっても神々や大自然への畏怖を忘れずに、謙虚に生きる事が大切になるのではないかとも感じました。
実は私、古宮址をお参りして帰ろうとしたら、写真にもある通り鳥居の手前に階段があるのですが、そこで足を踏み外しそうになって、少し怖い思いをしました。
単に私がおっちょこちょいなだけなのですが、でも何となく神様が、敬宮様への応援について、「慎重にふるまいなさい、転げ落ちないように気を付けなさい」とも注意喚起して下さったようにも感じました。
私なりの解釈ですが、敬宮様を貶めようとする勢力が、敬宮様を応援する人々を害する行動を取るかもしれない。そのように害する勢力に隙を見せないように、または自分の不注意で自ら痛い目に遭う事がないように、常に細心の注意を払いなさい。というようなメッセージを頂いたような気がしました。
まあ、そこまで大袈裟なメッセージではなく、本当に単に私がおっちょこちょいで足を踏み外しそうになっただけだと思いますので、純粋に足元に注意して歩こうと思います。
さて、慌ただしく、私は高千穂河原を後にして、帰路につきました。
少ししか時間が無かったものの、霧島神宮と高千穂河原での参拝は、とても充実していました。
参拝での思い出を胸に、ある道路を車で移動していたのですが、ある集落に入ってから道端に「神武の里(だったと思うのですが、違っていたら申し訳ございません)」という感じの看板?のようなものが、いくつも存在する場所に遭遇しました。
何だろう?、と思ってすぐにスマホで調べてみたのですが、何とその集落、神武天皇の生誕地だというではありませんか!。
そこは、宮崎県高原町という土地です。
本当に偶然でしたが、神武天皇の生誕の地を通り掛る事が出来ました。
私は敬宮様が神武天皇陵をご参拝された時に、敬宮様に一目お会いしたくて、神武天皇が初代天皇として即位された奈良県橿原市を初めて訪れたのですが、今回は偶然にも九州で神武天皇生誕の地を通り掛りました。
神武天皇が九州出身だという事は知っていましたが、生誕の地が高原町とは知らなかったので、非常に驚きました。
そして皆様、私が霧島神宮での六柱のうちの曾孫の神倭磐余彦尊の伏線がどうのと上の方で書きましたが、実はこの神倭磐余彦尊とは神武天皇の事なのです。
高原町を通る道は、最初は予定にありませんでした。
しかし地図をにらめっこしているうちに、高原町を通る道がベストなのではないかと思い、直前でその道を決めたのです。
私には、神武天皇が導いて下さったように感じました。
まあ、どのように感じるかは本人の自由という事で、広い心でお許しください(;^_^A。
私は勝手に神武天皇がお導き下さったと感じていますが、そうではなかったとしても、偶然にしては出来過ぎていて、ちょっと怖くなりました。
怖くはなりましたが、ワクワクの方が強くて、いつか機会があったら高原町を訪れて、神武天皇ゆかりの神社を参拝してみたいと、ひとつの夢が出来ました。
こうして霧島神宮・高千穂河原の古宮址の参拝と、高原町の通過は終了し、無事に自宅に帰還する事が出来ました。
今回の九州への旅は、思いがけずに神話に触れる旅となりましたが、本当に素晴らしい旅となりました。
皇室や政治の事などで、日本は色々と闇の部分も強いのですが、大丈夫、神様は見守って下さっています。
後は、我々次第です。
まずは日常生活から小さな愛の光を灯し、その小さな光で世の中を照らしていけば、一人ひとりの光は小さくても、大勢が集まれば大きな灯となります。
神々に感謝して、人々に感謝して、自分自身にも感謝して、感謝の光が大きな愛となり、闇を隅々まで照らしていくと思います。
私の勝手な解釈ですが、我々日本人の一人ひとりが、精神的な天照大御神の分け御霊であると思います。
小さくても、自分の愛の光で周囲を照らせば、きっと世の中はより良い方向に向かうと思います。
今回、高千穂河原の古宮址と霧島神宮、そして高原町に私を導いて下さった存在に感謝いたします。
そして敬宮様の立太子・即位を心からお祈りしております。










