皆様こんにちは。沙貴 誉 (さき ほまれ) です
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新年から、「ぼったま初の~」が目白押しですね。
「新年祝賀の儀」に始まり、「新年一般参賀」、「講書始の儀」、加えて「歌会始」の出席も決定しました。
「園遊会」では、学業優先がどうのこうのと言いながら欠席し、新年からは怒涛のような“初~”のお出まし。
やりたい事には出席するけれど、やりたくない事は学業優先という大義名分を掲げて欠席する。
これを「ズル」と言わずに、何と言うのでしょうか。
選り好み出来る立場で、随分とお偉いんですね。
何故新年からぼったまをこれでもかと露出させるのかは、キーコさんが焦っているからという説がありますね。
昨年のラオス訪問で敬宮殿下が質の高い完璧なご公務をなさったから、評価の高い敬宮殿下に危機感を覚えたとも言われていますね。
でも、ぼったまはまだ大学生。
勉強が本分なのに、大学をそっちのけで皇室の行事に参加させたところで、本人の勉強が遅れて学問に集中出来ませんし、国民からも大学の勉強を軽視するその姿は疑問視されます。
学生という身分と皇族というお立場の美味しいとこどりをして、如何に楽ちんに甘い汁を吸うか、という事にしか関心が無いようなので、このような人間が皇位継承権を持っているという事が恐ろしいです。
これでは、学生としても、皇族としても、中途半端で地に足がついていない状態です。
とは言え、「ぼったまは19歳の頃から皇室の行事に参加していた」と、事実として紙には文字で書かれますからね。
紙の上の文字しか知らない未来の人間には、「皇室の行事に熱心だったんだ」と勘違いする人もいるでしょうから、そういった事も狙っているのかもしれません。
しかし、現代は、映像でも事実が残りますからね。
参考までに、「講書始の儀」のネット記事をご紹介します。
2026年01月09日(金) 日テレNEWS NNN
映像付きの記事ですが、ぼったま、やはりお目目パチクリパチクリしていて、何だか辛そうです。
と言うか、隣の次女も、結構瞬き激しい感じでしたので、次女には難しい内容の講義だったのかもしれません。
それにしても、この一家の女性陣の服装の色が暗くて、ビックリしました。
こういった苦手な場所では目立たないように暗めの色を選んだのでしょうか。
今年の「講書始の儀」では、嵯峨美術大学の佐々木正子名誉教授が「江戸時代の日本絵画」について、東京大学の御厨貴名誉教授が「オーラルヒストリーとは何か」について、国立天文台の家正則名誉教授が「観測天文学最前線と日本の活躍」についてをテーマに、講義をされたそうです。
この、国立天文台の家正則名誉教授が「観測天文学最前線と日本の活躍」についてをテーマに講義をされたのは、国民の間でアニメ「チ。ー地球の運動についてー」が人気だったので、このテーマが選ばれたとか、そのような影響はないでしょうかね?。
私が、「チ。(以下略)」をアニメで見た時、驚いたのが「天動説での惑星の軌道」です。
何かに似ている?、と感じたのですが、何となく「フラワー・オブ・ライフ」に似ているかもと感じました。
模様の構造的に、「天動説での惑星の軌道」と、「フラワー・オブ・ライフ」に共通点があるのかは分かりませんが、第一印象では両者は似ていると感じました。
気になる方は、「天動説での惑星の軌道」と、「フラワー・オブ・ライフ」を検索してみて下さい。
「全然似てないよ」と思われたら、申し訳ございませんでした
。
話を元に戻しまして、とにかく、新年からのぼったまの沢山の露出は、単なるぼったまの安売り大バーゲン祭りにしか見えません。
露出なんかさせずに、学生の間はしっかりと勉強させて、他の学生との間で様々な交流をしコミュニケーション力を育てて、大学卒業というけじめをつけさせた後に国民にお披露目した方が、成長した若き頼もしき成年皇族として国民の目に映り、国民も期待に胸を膨らませたと思いますよ。
そのような長期的な戦略も立てられない、本家の従姉が立派に成長され質の高いご公務をされているからと、焦ってぼったまの露出を増やそうなどと、目先の利益しか勘定出来ない母親では、そしてそれを黙認している父親では、ぼったまの将来を潰すだけです。
特に剽窃作文は致命的です。
日本でも知的財産権は厳しくなっていますが、海外での知的財産権に対する厳しい目は、日本の比ではありません。
ぼったまのあの剽窃作文と作文の再提出は、日本だからこそ皇室への忖度で力ずくで認めさせる事が出来ましたが、海外ではそのようなズルは通用しません。
何かあるごとに、海外からはぼったまの剽窃は繰り返し掘り返され、報道される事になります。
下手を打ったな、と思います。
あの時は高校進学のためにコンクールで賞を取ったという大義名分が必要だったのかもしれませんが、ぼったまの栄光なる進路と引き換えに、日本国民からは軽蔑され、海外からも一生指摘されてしまう、人生の汚点となってしまったのです。
あの時はぼったまはまだ未成年で、全ては両親のせいですが、ぼったまの人生には切っても切り離せない汚点となってしまいました。
と言うか、ぼったまをこの世に意図的に生み出そうとした時点で、両親による生命への冒涜であり、悪魔に魂を売った所業です。
ぼったまを、野心を成就させるための駒としか見ていません。
ぼったまの両親は、ぼったまを駒として扱うのではなく、一人の尊い魂の存在として、尊厳を守った教育を与えて欲しいと思います。
もう、遅いですけれどね。
そうであったとしても、今からでも遅くないものはあります。
学生の間は、学生としての本分を初志貫徹させないと、中身のない空っぽな、中途半端で美味しいとこどりしかしない要領の良いズルい人間を育ててしまいます。
まあ、ぼったまの両親も、自身の両親からは、都合の良い駒としてしか見てもらえずに、愛情を与えられてないので、自分も親からされたような事しか、ぼったまに対してしてあげられないのかもしれませんが。
だけど、そんな邪な事しか考えていないから、常に嫌な出来事しか引き寄せられないんですよ。
せっかくの鳴り物入りの「初新年一般参賀」だったのに。このような事件が。
2026年01月09日(金) デイリー新潮
初の新年一般参賀で、さぞかし期待に胸を膨らましていたでしょうに、このような穢れを呼び込んでしまいました。
コメント欄を読むと、この珍事の犯人は、ぼったまの支持者だったとか、いや敬宮殿下の支持者だったとか、いろんな説があるようですが、私個人はそのような事は警察が調べるだろうから自分では追求するつもりはありません。
私が言いたいのは、その犯人がどなたの支持者であろうが構わないし関係ない、法に照らし合わせて厳しく処分して欲しい、それだけの事です。
もし、有り得ない事ですが、どなたかがこれを仕組んでいて、自分の気に入らない御方を貶めようと協力者と共に細工していた事だったとしたら、そのどなたかにそのままブーメランとして返っていくだけなので、その後の事は神様にお任せです。
まあ、でもさすがにそれはあり得ないと思うので、珍事を起こした犯人は自業自得ですので、厳しく罰せられて下さい。
ぼったまの、新年安売りセール。あとは「歌会始」を残すのみですが、「新年祝賀の儀」も、「新年一般参賀」も、「講書始の儀」も、ぼったまがいたからと言って、何かポジティブな話題になりましたか?。
別に影響はないと言うか、特にポジティブな面は無かったように思います。
むしろ、お祖母様についての話題が豊富で、全部そっちに持っていかれたという感じではないですかね。
それに、“初~”なんて、たった一回限りの事なのですから、皆そのような事はすぐに忘れてしまいます。
ぼったまを目立たせようとするよりも、地に足を付けた教育と躾をしてあげて下さい。
仮にも皇位継承権を持っていて、将来天皇になるかもしれない人間なのに、知性も感じられず更に無教養だったら、日本は終わってしまいますから。
皇位継承者が二人もいるのにこの一家がこんな体たらくだから、「愛子天皇」に希望を託す国民が激増するのです。
そこが分からないようでは、駄目だと思います。



