カレブは最初に民数記十三章六節で、カナンの地を探るスパイとしてユダ族から選ばれた人物として登場します。そして、ヨシュア記十四章六節では、ケナズ人という説明がついています。興味深いことに、ケナズという名前を調べてみると、創世記三十六章十一節、十五節の記述から、エサウの息子だ考えられます。また、Ⅰ歴代誌一章三十五節、三十六節の記述では、エサウの孫とも考えられます。いずれにせよ、エドム人の部族の一つを成した人物の子孫だということになるのです。
エドム人の末裔でありながら、ユダ族に属しているというのはどういうことなのでしょうか。カレブを含むケナズ人は、ユダ族として出エジプトの時に一緒に出て来たのです。詳しい説明は見つけることができませんでしたが、次のように推測することができそうです。
ヤコブの一族がヨセフを頼ってエジプトに移住した頃は、ケナズは存命だったのではないかと思います。そして、エサウの子たちとヤコブの子たちは、いとこ同士です。ヤコブとエサウは父イサクの葬儀を一緒に執り行っていますから、当時はそんなに険悪な関係ではなかったはずです。ですから、ケナズとユダの間に何等かの親しさや絆が有ってもおかしくありません。年齢の差がどうであったか判りませんが、ケナズがユダの甥だったとしても、何等かのより親密な関係が有ったかもしれません。
エジプトに起こった飢饉は、カナンにも影響が有ったので、エサウの子供たちもエジプトに食料を求めに行った可能性が高いことでしょう。そこで、ケナズはユダと再会し、神の大いなる御手が彼らと共に有ることを見たのでしょう。そこから、ケナズの一族全体か、一部分かはわかりませんが、ユダという親類を頼って彼らがエジプトのゴシェンに移住したのではないかと思われます。イスラエル人のエジプト寄留の期間は四世代で、聖書の記述では430年となっていますが、ケナズがユダと合流する時期は、初期を除くと可能性が低いと思います。
出エジプトの過程で、ケナズが元々属していたエサウの子孫であるエドム人は、その領土の通行をイスラエル人に許しませんでした。歴史的にはずっと敵対関係に有り、ユダヤ教的には異邦人であるケナズ人の流れを汲むカレブが、イスラエル人の一族であるユダ族として強い信仰の歩みを示すことには大きな意味、示唆が有ると思います。ケナズ人が、後にイエス・キリストが生まれるユダ族に合流したことは、私たち異邦人がイエス・キリストの体なる教会にユダヤ人と共に建て上げられることの型なのではないかと考えられるように思います。そのように考えると、ケナズ人カレブの物語は、私たちにも関係の深いものになるように思います。

