この小説を読んだのは、10代の終わりかけの頃だっただろうか?
SF界の名作として多くの人が感動した作品とし紹介されていて、期待をもって読んだのだったけれど、
当時の私にとっては、読み進めて行くのが、とても辛く、苦しい物語だった。
最後のページを読み終えたとき、もうこの本を開くことは二度と無い、と思ったことを覚えている。
知的障害を持つ主人公が、脳の手術を受けて天才として生まれ変わる。
もう、主人公の名前も、細かい内容も忘れてしまったけれど、
彼の日記という形で綴られていた。
たどたどしい小さな子供のような文章が、日に日に成長し、様々なことが詳細に記されてゆく。
難しい研究を次々と成し遂げ、世間から称賛される存在へと変わっていく。
手術をした医師たちは、その成功を誇らしげに語り、宣伝する。
苦しかったのは、主人公が過去を振り返るシーン。
子供の頃の記憶が鮮明に甦り、今まで気付けずにいたことがはっきりと理解できるようになる。
周囲の人々が自分をどのように見ていたのか、
母親が、彼を「普通のこども」にするためにいろいろな病院や方法を探し試し、絶望し諦め、彼を見放したこと。
唯一の救いは、疎遠になっていた妹との再会、彼女が子供の頃の自分の態度を無理解から生じた間違ったものだったと心から詫びたことか。
アルジャーノンは彼より先に手術を受け、知能をあげた実験用のネズミの名前。
主人公はアルジャーノンを観察し続けることで自分自身の未来を知ることになる。
急激に失われてゆくものがあることを、
誰よりも先に知る。
恐怖と絶望の中、
明日の自分が、今日の自分と同じ者であるこを祈り続ける日々。
何て残酷なことだろうと、あの頃の私には受け入れることができなかった。
けれど、と
今の私なら思う。
これは現実を生きている私にも、ゆっくりとだけど、確実に訪れる未来じゃないか、
日々の変化、自分の意思に関わらず手放さなければいけないものがあること、
老いる、ということ、
自分を知ること、
恐れずに受け入れるには?
多分、多くの人が感動したのだろう、
日記の最後のページに綴られた言葉。
「誰か、僕の代わりにアルジャーノンのお墓に花束をあげてください」
この心境にたどり着けたのなら、
主人公の人生は、不幸なものではなかったのかもしれない。