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フミヤは今日も下を向く

旅ブログを書こうとして続かず漫画を描いてみることに。経験してきたことの中で、何か伝えたいことはないかと考えたときに思いついた容姿の悩み。皮肉にも辛い目にあったことは忘れず脳裏に焼き付くもの。そんな記憶を掘り起こし、絵にし、文字にして伝えていこうと思います。

こんばんは、フミヤです。

 

先日書いたブログ、さっそく数名の方に読んでいただけたようです。

 

この場を借りて御礼申し上げます。

 

ブログって難しいですね、

どうやったら多くの人に読んでもらえるんだろう。

 

Twitterのようにハッシュタグつけたり、

誰かのブログを引用したり、

いろんな方法があるんだろうなとは思いながら…

 

読んでもらえる工夫というのを考えつつ、

気が向くままに更新していこうと思います。

 

さて、今回のタイトルは『向け先のないくやしさ』です。

 

これは割とよくある、手の届かない遠くから小ばかにされる、

何か言われてるけど聞こえなかったり、

聞こえてて悔しいんだけど何も言い返せなかったり…

 

そんな思いを4コマにしたものです。

 

 

人間は思春期あたりから、

容姿や個性の違いに気が付いたり、

勉強や運動でも優劣を感じるようになってくる気がします。

 

小学校5年生くらいだったと思いますが、

容姿のことで少しずつからかわれる機会が増えてきたと思います。

 

友達から言われるのも決して気分のいいものではないのですが、

言われて怒ったり泣いたりすると余計にエスカレートしていくので、

徐々にそれをネタにして笑いを取るように変わっていきました。

 

しかし困るのが、デリカシーのない知らない人や素直なちびっこたちです。

彼らは人と異なる、異形のものに対するセンサーが敏感なんですね。

 

人の方をガン見して何か言いたそうな顔をしたり、

中にはストレートに「変な顔ー!」と大きな声で言われることもありました。

 

知らない人に言われると言い返せないので、

言われっぱなしでその場を去ることしかできなかったです。

 

なのでとてもくやしい。

 

何もしてないのに、

一方的に何かを言われて、

言った本人は何とも思ってないのに、

こちらは10年20年経ってもいまだに記憶に残っている。

 

人の視線が苦手になったのも、

この年くらいからですね。

 

今でも決して人と目を合わせることは得意ではないですが、

環境に恵まれたのか、

思っていたとしても口に出してそんなこと言う人が周りにいないのが幸いです。

 

こういったこともあって子供は特に、

今でも苦手だったりします…

 

こうして思っていることを吐き出すと、

何も変わらない現状がありながら少しすっきりしてきますね。

 

今日も読んでくれてありがとうございました。

 

引き続きよろしくお願いいたします。